はなびら 前編
強い、風が吹いた。
「っくそ!なんでこんな時におらんのや」
おらんでもエエときにはおるくせに、肝心の時におらんのやから、アイツは。オレはもらったばかりの卒業証書を握り締めた。
アイツを探して校庭まで来たオレの周りでは、クラスメイト達が記念写真を撮りまくってた。
「・・・卒業、やもんな」
今日は高校生活最後の日。入学した頃は、早く卒業したくて卒業したくて、しゃーなかった。
でも、今のオレは、みんなが記念写真を撮りまくる気持ちがよくわかった。3年間の高校生活を惜しむ気持ちが。
「姫条くーんっ!一緒に写真撮ってぇ〜!」
「姫条センパーイ!」
同級生や後輩たちがオレに声をかけてくる。校庭の桜は五分咲きといったところやけど、写真を撮るにはエエ感じやった。
そやから、みんなココへ集まってきてるんかもな。
「スマン!ちょっとヒト探してるんや。またあとでなっ」
友人たちにヒラヒラと手を振って、オレは次の場所を探しに行こうとした。あと探してないんはドコやったっけ?
教室も職員室ももう見たし。あちゃ、もしかして入れ違いってヤツ?
う〜ん、もっかい職員室にチャレンジしてみるか・・・。
駆け出そうとしたオレは、なにかにぐいっと引かれるような抵抗を感じて、走り出すことができへんかった。振り返ると、そこに居たのは藤井やった。
「まどかっ!!」
「なんや藤井か・・・。まどかって呼ぶな、って言うたやろ」
藤井はチア部の後輩にでももらったのか、色とりどりの花束を抱えていた。今日はいつもと違って、なんや思いつめたような表情をしてる。
女の子のなかでは、コイツが一番の友達やったかもしれん。いっしょに授業サボったり、流行に敏感なコイツと新しいスポットへよく遊びに行ったりしてた。
「話があるの」
「悪い、オレちょっと用があるねん。またあとでな」
くるりと踵をかえして立ち去ろうとしたオレを藤井はまた引き止めた。
「待ってよ!『またあとで』なんて、もうないんだよっ」
真っ赤な顔をして、今にも泣き出しそうな藤井がそこに居た。
コイツとの付き合いも3年になるけど、こんな藤井を見たのは初めてやった。オレの知ってる藤井は、いっつも明るくて笑っているイメージしかなかった。
「なんや、どないしたんやジブン?」
「今日で卒業なんだよ?『あとで』なんて、もうないんだから」
キュッと唇を噛み締めて、泣き出しそうなのをガマンしてるみたいやった。ああ、『卒業』やもんな。
コイツも泣いたりするんやなぁ〜、なんて思った。
「明日っからオレに会えやんのが寂しいんか?」
からかうように言うと、藤井は耳まで真っ赤になってた。いったいどうしたっちゅうねん?
「ちょっとこっちに来て!」
藤井はオレの右腕をぐいぐい引っ張って、校庭の隅の、あまり人影のない場所へ引きずっていった。
藤井は話し出すでもなく、うつむいたままやった。
「なぁ、オレ用があんねん。それが終わってから、オマエの話聞くから」
「・・・あたし、姫条まどかが好きっ!」
「へ?」
オレの返事は、なんともまぬけなモンやった。藤井がオレのことをスキやって?
「ずっと前から好きだったの!言おう、言おうって思ってたけど、言えなかったのっ」
キッとオレを睨みつけるように、藤井は顔をあげた。これ以上ナイってくらい、真っ赤な顔をして。
「・・・ゴメン。オレ、好きな子おんねん」
「知ってるよ、そんなこと。でしょ」
ちゃん、てゆうのはオレたちのクラスメイトの女の子。藤井とも仲のエエ友達やった。いつもにこにこしてて、自然体で。
最初は、ちょっとかわいいコがおる、そんな程度の気持ちやった。
そやけど気がついたら、これ以上ないってくらい好きになっとった。
「だけど、には」
「好きなヒトがいてるんやろ」
見る間に藤井の瞳から、涙があふれ出た。ポロポロとほおの上をしずくが転がっていく。
女の子に泣かれるんはニガテや・・・。
オレはポケットからしわくちゃのハンカチをだして、藤井の涙を拭いてやった。それでも次々と涙があふれてくる。
「じゃぁなんで・・・。アンタがさっきから探してるのは、じゃなくってヒムロッチなんでしょ?
二人をくっつけようとでも思ってるわけ?!」
藤井が好きなんはオレで、オレが好きなんはちゃん。ちゃんが好きなんは・・・ヒムロッチやった。
まるで、できの悪いメロドラマ(いまどき、こんなベタなシチュエーションもないと思うけど)
本人から聞いたわけやなかったけど、いっつも目の端でちゃんを探してしまうオレには、ちゃんの視線がどこに向かっているのかすぐにわかった。
いつもいつも、オレがちゃんを目で追うように、ちゃんはヒムロッチの姿を追ってた・・・。
そして、ヒムロッチの視線の先には・・・。
沈黙を肯定ととったのか、藤井はまた泣きながら言った。
「アンタって、バカじゃないの?!どこの世界に自分の好きな子とライバルをくっつけるヤツがいるのよ?」
「関西人に『バカ』って言うな!せめて『アホ』言うてくれ」
「こんな時まで冗談言わないでよ!」
「・・・『アホ』やと思うわ、自分でも。そやけどなぁ、好きな子には笑ってて欲しいんや」
ゴメンな、オマエのことは泣かしてもたけど・・・。自分勝手なこと言うてるんは百も承知や。
「格好つけてんじゃないわよ!ほんとに救いようのない『アホ』なんだから!!」
泣き笑いの顔になって、藤井はオレの頭をパシッとはたいた。
「ヒムロッチなら音楽室にいたみたいよ。早く行っちゃえ!」
「ありがとな、藤井!オマエ、ええ女になるで!」
音楽室に向かって走り出したオレに、藤井の叫ぶ声が聞こえた。
「あとで後悔したって遅いんだからねーっ!アホまどか!」
ホンマに藤井、オマエはええ女や。オマエみたいな女を好きになったら良かったのになぁ、オレ。
【あとがき】
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2003年11月4日