はなびら 後編
「ハァ・・・ハァハァ・・・」
校庭の隅から校舎の3階まで駆け上がってくんのは、さすがのオレもしんどかった。
すでに人の気配はなく、廊下はシンと静まり返っていた。・・・いや、かすかに音が聞こえる。
「ピアノ?」
優しくて、どこか切なげなメロディー。たしか『別れの曲』やったかな。これを弾いてるんは・・・アイツか。
オレは音楽室へと急いだ。
「やっと見つけたわ、ヒムロッチ!」
「・・・姫条か。どうした?」
思ったとおり、音楽室でピアノを弾いてたのはヒムロッチだった。
「探したで、ジブン!」
「まったく君は・・・。3年間、君の言葉使いを注意してきたが、効果はなかったようだな」
「へーへー、すんまへんな」
あいかわらずの冷たい表情。だけど、シルバーのフレームの奥の瞳は、意外にも優しげに見えた。
「卒業おめでとう、姫条。君のこれからの活躍を祈っている」
ピアノの前から立ち上がり、オレに右手を差し出してきたヒムロッチ。オレの目はきっとまんまるだったろう。
「・・・おおきに」
オレはヒムロッチの右手を握り返した。思いっきり力をこめて。ヒムロッチの表情が歪んだ。
「今日は宣戦布告に来たんや」
「どういう意味だ?」
「・・・オレはちゃんが好きや」
ピクッとヒムロッチの身体が揺れた。お、動揺しとるがな。ヒムロッチはオレの右手を振り払って、言った。
「君が誰を好きだろうと、私には関係ないと思うが」
「それがちゃん、でも?」
「・・・そうだ」
お得意のポーカフェイス。悪いけど、オレには通用せえへんで?
「ほんなら、オレがちゃんを貰ってもかまへんのやな?」
ヒムロッチは答えなかった。答えないのが『答え』やな・・・。
「意地張るのはやめとき。今日からはもう『先生と生徒』やないんや。誰にはばかることもないんやで?」
「君が何を言ってるのか、理解できない」
「ああ〜、もうじれったいなぁっ!!」
あまりにも強情なヒムロッチにイライラしてきたオレは、ヒムロッチの腕をつかんでグイグイと引っ張って、音楽室から引きずり出した。
「離しなさい、姫条!どこへ連れていくつもりだ?!」
「黙って一緒についてきたらエエんや!」
ヒムロッチの腕をつかんで、ほとんど駆け足で校舎をでた。後ろでぜぇぜぇ息切らしてるけど、スピードは緩めなかった。
これぐらいの意地悪、許されると思わへん?なぁ?
オレがヒムロッチを連れてきたのは、学校の敷地内にある古ぼけた教会の前やった。
ここの桜もきれいやなぁ。オレはぼんやりとそんなことを思った。
「・・・いったい・・・ここに・・・どんな用があるという・・・んだ?」
言葉が途切れ途切れなんは息が切れてるから(笑)もうちょっと身体鍛えやなアカンで?
「この奥でお姫さんが待ってる」
「・・・!?」
「残念ながら、お姫さんの待っとる王子は・・・オレやない」
「言葉の意味が理解できないのだが?」
「いつまでそんな教師ヅラしてんねん!あんたがちゃんを好きなんはわかってるんや!!」
オレを見返したヒムロッチは、初めて見る『男』の顔をしてた。
「君には関係ない」
「大有りやっちゅうねん!オレはちゃんが好きで、ほんでもって、好きな子の哀しむ顔なんか見たくないんや!
今日で卒業なんやで?もう今までみたいに会われへんのやで?!」
「それくらいわかってる!」
キッと強い視線が向かってくる。そんな顔でオレを見れるんやったら、お姫さんを迎えにいけるハズやんか。
「ほな、音楽室でひとり寂しく『別れの曲』なんか弾いてる場合とちゃう、ってわかるやろ?
アンタが正直に自分の気持ちを告白したら、な〜んもかんもうまくいくんや!」
イラついたオレは、ヒムロッチの背中を押した。教会の扉の前で。オレの剣幕に押されたのか、ヒムロッチは小さくためいきをついた。
「・・・だが姫条、君の気持ちは・・・」
うれしいような切ないような、なんとも言いがたい表情をしたヒムロッチを見たのは初めてで。
正直、このアンドロイド教師にこんな表情をさせたちゃんを尊敬したい気持ちになった。
もうええ、十分や。藤井には格好ええこと言うたけど、最後の最後で迷ってる自分がいたのも事実。
でも、こんな表情見てもたら、もう・・・。
「オレのことは気にせんでえぇ。はよ行ったり。まちくたびれてるわ」
オレはもう一回、ヒムロッチの背を押した。
「今日のところは、オレの負けや。アンタに勝ちを譲ったる。でも油断すんなや?いつか、アンタの腕の中から
かっさらってみせる。覚悟しときや」
「・・・ああ、そんな日はこないと思うが、楽しみに待っていよう」
そう言って静かに微笑んだヒムロッチは、思わず男のオレも見とれてしまうほどの格好良さで。
こりゃエライ相手を敵に回してもたかもしれんなぁ。
ギイィと軋んだ音を立てて教会のドアが開き、バタンと閉じた。
ふと見上げた空は、抜けるように青くて。
瞬間、強い風が吹き抜けた。
薄いピンク色のはなびらが巻き上げられて、オレに雪のように降ってくる。
それはまるで、オレを褒めてくれているようで、なぐさめてくれているようで。
舞い落ちてくるはなびらを見ながら、オレはゆっくりと歩き出した。
【あとがき】
す、すみませんっ(汗)
まどかくん、好きなんですよ?ちょっと恥ずかしそうに名前を呼び捨てにしてくるところとか・・・。
それにしても、ドリーム小説といいつつ、主人公ちゃんは数えるほどしか登場しません。しかも名前だけ(汗)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2003年11月4日