ふたりぼっち。
「・・・パンダ?」
「ええ、そうなの!しかも、双子よ!」
「・・・・・・」
子供の頃からよく知っているけれど、この隣のおばさんには敵わないな、と将臣は思う。現にこの自分を絶句させているのだから。
「あー・・・えーと?パンダが双子でも俺には関係ないと思うんだけど・・・」
「だからね、うちに泊まってほしいのよ!」
「ハァ!?」
ちなみにここは有川家の玄関先だ。母親に呼ばれて自分の部屋から出てきた将臣を待っていたのは、隣のおばさんだった。子供の頃からよく知っており、その娘のとは幼馴染だ。
「GWにね、ご主人と旅行に行かれるそうなのよ」
「そうなの。双子のパンダを見に行くのよ」
「その間、ちゃんが一人になっちゃうから、
アンタに泊まりに来てほしいんですってよ」
「俺・・・!?」
「だって、この辺り、最近物騒でしょ?空き巣とか多いみたいだし」
「そりゃまぁそうだけど・・・」
いったいこの二人はなに考えてるんだ、と将臣は頭を抱えたくなった。
「望美がいるだろ。俺じゃなくて、望美に頼めば・・・」
「春日さんちもご家族で旅行なのよ。譲は合宿でいないでしょ」
「だからって・・・」
いくら幼馴染とはいえ、年頃の男女を二人っきりで一夜を過ごさせようと考える二人の思考回路が理解できない。
そして、正直なところ、将臣はをただの幼馴染とは思っていなかった。
『・・・いつまでも幼馴染なんかやってらんねーってこと』
そうに告げたのは最近のことだ。あれから、の態度はちょっと微妙だ。将臣を意識してしまうのか、今までどおりに接しようとしながら、どこかぎこちない。
「『有川』って、なかなかいいと思わない?」
「あら、そうね!」
「っ!?」
ニヤニヤしながらこちらを見ている母親が二人・・・。
「ちゃんを泣かすようなことがあったら、
どうなるかわかってるんでしょうね、アンタ?」
「そういうわけでお願いね、将臣くん!」
――将臣に拒否権はなかった。
「んな顔すんなよ」
「だって・・・」
「それよりほら、早く食えよ。焦げるぞ」
「・・・・・・」
目の前ではおいしそうに肉が焼けている。さっきから箸が動いているのは将臣だけだ。
――ママったら、いったいなに考えてるのよ!?
GWに両親が旅行することは知っていたし、もちろん自分は留守番をするつもりだった。の両親は見ているこちらが恥ずかしくなるようなラブラブ夫婦で、そんな二人と旅行に行く気にはならないからだ。
共働きの両親に代わって家事をすべてやっているは、このGWはのんびりしようと決めていたのだ。それなのに・・・。
両親が旅立った日の朝(というよりは昼過ぎ)、将臣がやってきたかと思うと、一枚のメモをに渡したのだ。
へ。
パパとママは夫婦水入らずで過ごしてきます♪
将臣くんに泊まってくれるように頼んでるから、
ふたりで仲良くお留守番しててね。
頑張ってネ!
パパとママより
・・・何を頑張れっていうのよ!?
箸を持つ手がプルプル震えそうになるのを、は必死に耐えた。
それでも将臣を家に招きいれ、一緒に夕食を食べているのは将臣がGW中の食費を持っていたからだった。
「ほら、軍資金」
「え?」
将臣がヒラヒラと振ってみせたのは一万円札――どうやら母から渡されたらしい。反射的に手を伸ばしたが、将臣がヒョイと手を上に挙げてしまうと、には全然届かない。
思わずむぅと睨みつけると、将臣はクスクス笑いながら言った。
「なんかうまいモンでも食おうぜ!」
「ちょっ・・・!?」
将臣にグイと手をとられ、むりやりスーパーへと連れ出された。GW中のせいか、意外に店内は空いている。
「なぁ、俺、肉食いたい。お!あれ、うまそうだぜ?」
「あのね・・・」
は隣で笑う将臣にハァ〜と深いため息をついた。将臣の態度は以前とまったく変わらない。
グルグル悩んでたあたしがバカみたいじゃない・・・!
将臣に言われた『いつまでも幼馴染じゃいられない』という言葉――それがを悩ませていた。
ずっと一緒に居られると思っていた。それこそ、兄妹のように・・・。
しかし、将臣の言葉が、そうではないという事実を突きつける。そして、それを告げたときの将臣の瞳を思い出すと、の心はザワザワと落ち着かなくなるのだ。
隣で食材を選んでいる将臣をそっと盗み見る。整った顔立ちをしているが、どことなく男っぽい野性味を感じさせる。そして、の視線は、将臣の横顔からつながれたままの手に移る。
――いつかこの手を取る誰かが現れるのだろうか・・・?
それはものすごくイヤだ。瞬間的にそう思った自分自身には驚いた。
「・・・・・・」
「なんだよ、どうした?ボーッとして?」
「え?な、なんでもない。あ、そのドレッシング、買う」
「これか?」
「うん、ありがと」
ぎこちない態度のに将臣は苦笑しながらも、それに付き合ってやるのだった。
「いい加減、寝たらどうだ・・・?」
「・・・や・・・ちゃんと起きてる・・・もん」
いつもより格段に豪華な夕食を済ませ、後片付けも済ませたあと、と将臣はリビングでDVDを見始めた。
二人が見ているのは人気の海外ドラマの第二シーズンのDVDである。GW中にゆっくり見ようとが借りてきたものだ。
時刻はすでに午前3時――DVDを何枚再生しただろうか。リビングのソファに二人で並んで座り、テレビの画面を見る。
はもう眠くてたまらず、ドラマの内容など全然頭に入ってこない。隣の将臣はというと、まったく眠そうな様子などなく、テレビの画面を見つめている。
先に寝てくれないかな・・・?
客間に来客用のふとんは敷いてあるし、将臣が「もう寝る」と言って引き上げてくれれば、自分も部屋に引き上げることができるのだ。将臣ならが先に寝ると言っても気にしないとはわかっているのだが、はなんとなくこの二人きりの時間を自分から終わらせたくないと思っていた。
将臣とは同い年だったけれど、にとって将臣は頼りになるお兄ちゃんであり、手のかかる弟でもあった。そして、将臣と譲、望美と四人で一緒に居るのが当たり前だった。
いつまでもこのままでいたいと思うのは、あたしの我侭なの・・・?
忍び寄ってくる睡魔に抗いつつ、はそんなことを思った。
「・・・やっと寝たか」
ソファの背にもたれて穏やかな寝息を立て始めたを見て、将臣は苦笑をもらした。
それから、将臣は音をたてずに立ち上がると、客間からブランケットを一枚持ってきた。昼間は暑いほどの陽気だったが、さすがに夜になると空気はひんやりとしている。
を起こさないようにそっとブランケットを掛けてやり、将臣は再びソファに腰を下ろした。
眠るはほんの少し、子供っぽく見えた。
「・・・」
スヤスヤと眠るを愛しげに見つめると、将臣は寝乱れた髪をそっとかきあげてやった。
ふっくらと柔らかそうな頬に吸い寄せられるように手を伸ばした将臣だったが、指先が触れる直前でその手は止まった。
「ったく・・・悔しいけど、読まれてるな」
いつの頃からか、を幼馴染とは思えなくなっていた。
実の兄のように自分を慕ってくる――それだけではもう我慢できないのだ。
けれど、自身を傷つけてまで、強引に自分のものにする気にはなれなかった。もしもに自分以外の好きな男ができたとしたら、笑うことはできなくても、自分はの手を離すのだろう。
母親たちはこういう自分の性格をお見通しなのだろうと思うと、将臣は苦笑いするしかなかった。
「・・・ん・・・・・・」
寝返りをうとうとしたのかが身じろぎすると、背もたれに乗せた頭がズルズルと滑り落ちて、将臣の肩に倒れ掛かってきた。
「お、おい・・・」
ムニャムニャと言葉にならない言葉を呟き、モゾモゾと身じろぎする。ちょうどいい体勢を見つけたのか、は幸せそうな笑みを浮かべた。スヤスヤと穏やかな寝息をたて、再び深い眠りに落ちていく。
くたりと力の抜けたの柔らかな身体がぴったりと密着し、将臣の肩先にはサラサラとした前髪が揺れていた。
「ちょ・・・っ!?おい、?!」
「も・・・うるさい・・・・・・」
思わず身体を引こうとした将臣だったのだが、身体を引くと、ますますの身体が倒れてくる。
「ちっ・・・しょうがねえな」
目が覚めたら、寝顔を見たとかなんとか言ってはプリプリ怒るに違いない。けれど、今はその柔らかなぬくもりを手放す気にはなれなかった。
――いまさら焦ったりしない。
少しずつ・・・少しずつ、ふたりの関係が変わっていけばいい。
ま、もうちょっと俺を男として意識してくれねーと困るけどな。。。
将臣は小さなあくびをもらすと、ゆっくりと目を閉じた。
【あとがき】
ネオロマ企画投稿作品。
しばらく書けずにいて、リハビリ中でした・・・(^^;)
ちなみに、双子のパンダは和歌山県白浜のアドベンチャーワールドで見れますv
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年6月16日