君の背中
将臣が自分の部屋でダイビング関連の雑誌をパラパラとめくっていると、ケータイが鳴った。設定はしていたけれどめったに聞くことのないその着信音に将臣は少し驚きながら、電話にでた。
「もしもし?か?」
「・・・頭、痛い」
「ハァ?オマエ、風邪でも引いたんじゃねえの?」
「わかんない・・・」
ケータイから聞こえてくる声はたいそう元気がない。将臣は見ていた雑誌を閉じると、電話でしゃべりながら立ち上がった。
「あー、俺、すぐ行くからさ。家に居るんだろ?」
「うん・・・」
「じゃ、大人しく寝てろ。いいな」
ケータイを切ったあと、はぐったりとソファにへたりこんだ。
昨夜なんとなく喉が痛いなぁと思っていたのだけれど、そのままにしていたのが良くなかったのかもしれない。悪いことに両親はまた旅行に行ってしまっていて、家にはひとりだった。それで、つい心細くなって将臣に電話してしまったのだけれど。
なんで将臣くんに電話しちゃったんだろ・・・?
熱でぼんやりとする頭で考えようとするのだが、うまく考えがまとまらない。そのうちに考えるのがイヤになって、は目を閉じた。
カチャ、カチャ・・・。
玄関のカギが開けられる音がした。両親が旅行に行くときは、お隣の有川家にカギを預けていくのである。それほど両家の付き合いは長くて、仲が良かった。
「、オマエ、ひとりの時はチェーンかけとけって言っただろ?」
「だって、将臣くんが来ると思ったんだもん・・・」
はぼそぼそと小さな声で反論したが、将臣は肩をすくめただけだった。
「ま、そんだけ言い返せるなら、まだ大丈夫だな」
ソファにへたりこんでいるは元気がなさそうに見えた。将臣はソファのそばに膝をつき、その顔をのぞきこんだ。
「熱、結構ありそうだな。とりあえずパジャマに着替えてこいよ。
下の和室に布団敷いておくから」
「うん、わかった・・・」
「あ、着替えも持って降りてきておけよ」
「ん」
ヨロヨロとよろめきながら自分の部屋のある2階へと上がっていくを見送って、将臣はため息をついた。
『あんまり熱上がってくるようなら連絡してきなさいよ、病院へ連れて行ってあげるから。
今日は休みだけど、救急病院なら開いてるでしょうし』
『って、一緒に様子見に行かねぇのかよ?』
『アンタがいれば大丈夫でしょ』
『マジかよ・・・』
将臣は一応母親にの具合が悪そうだと伝えてみたのだが、将臣が看病にいくものと決めつけているらしく、一緒に隣家に行こうとする様子はない。
『あ、そうそう!』
『ん?なんだよ』
『病人に手出しちゃダメよ』
『っ!?』
わが母ながら、どこまで本気なのかと頭を抱えたくなる。それでも一応は体温計や薬は用意してくれたが。
「よっ、と。こんなもんかな」
和室に客用の布団を敷きおわったところに、が戻ってきた。将臣に言われたとおり、着替えも持って降りてきたようだ。
「頭、痛むか?」
「うん・・・」
「ほら、横になれよ」
熱のせいかぼーっとした様子のを布団に押し込み、体温計を渡す。しばらくしてピピッと電子音が鳴った。
「結構あるな」
体温計は38度5分を示していた。解熱剤をに飲ませ、額に冷却シートを貼ってやった。
「目つむって、眠れそうなら寝ろよ」
「うん・・・ゴメンね、将臣くん」
「何言ってんだよ。気にすんな」
ん、とは小さく頷いて、目を閉じた。
は小さい頃はよく熱を出す子供だった。
呼吸器系が弱いのか、ちょっと喉が痛かったり咳がでたりすると、翌日には熱を出すのだ。その辺は自分でもよくわかっていて気をつけていたのだが、休日だということで油断していたのかもしれない。
どれくらい眠っていたのだろうか。が目を覚ますと、将臣が隣で本を読んでいた。
「目、覚ましたのか?気分はどうだ?」
「さっきより良くなったみたい・・・」
薬が効いたのか、先ほどよりは楽そうに見える。将臣はちょっとホッとしながら、スポーツドリンクを差し出した。
「ほら、飲めよ。水分補給しないとな」
「ありがと。至れり尽くせりだね」
「バーカ。ガキの頃からどんだけオマエの看病してきたと思ってんだよ」
「・・・そっか。そうだよね」
がスポーツドリンクを飲み干すのを見届けると、将臣は今度はアイスクリームを差し出した。
「アイス、食うか?」
「うん!」
アイスクリームの冷たさが心地よかった。しかも、将臣が持ってきたのはの一番好きな種類のアイスだった。
「オマエ、ホント、アイス好きだよな」
クックッと笑いながら将臣が言う。
「だって・・・」
「昔からさ、40度近い熱があっても、アイスだけは絶対食うんだよな」
「・・・」
「ま、何か食えるんなら安心なんだけどな。ちょっとは熱下がったか?」
そう言うと、将臣の大きなてのひらがの額に触れる。ゴツゴツとした大きな手だが、触れる手は優しい。
「んー、さっきよりはマシになってるか」
将臣は新しい冷却シートを貼ってやり、を寝かしつけた。
「おばさんにはさっき一応メールしといたぜ。大したことねぇって言ってあるからさ。
晩メシは譲が作って持ってくるらしいから、それまでもうちょっと寝とけよ」
「迷惑かけてゴメン・・・」
「バーカ!何言ってんだよ。
迷惑だなんて思ったことねぇよ。ほら、さっさと寝ちまえ」
「ん・・・」
はゆっくりと目を閉じた。
――おかしな夢を見た。
『将臣くん、将臣くん!』と何度も呼んでいるのに、将臣は振り返ってくれなくて。
一生懸命走って、走って。足がもつれて転んでも、将臣は振り返ってくれなくて。
それが哀しくてたまらなかった。
胸が張り裂けるというのはこういうことなのか、とは思った。
「おい!」
「・・・っ!?」
ガクリと肩を揺さぶられて、はハッと飛び起きた。嫌な汗をぐっしょりとかいていた。
「大丈夫か?病院行ったほうがいいか?」
心配そうに将臣が自分を覗き込んでいた。は思わず将臣に抱きついていた。
「お、おい・・・っ!?」
どうしたんだよ、という将臣の慌てた声が聞こえてくるが、は構わずにギュッと将臣に抱きついていた。
「だって・・・将臣くんがひどいんだもん・・・」
「ハア?俺がなんだって?」
「ひとりでどんどん先に行っちゃって、
あたしのこと、置いていっちゃうんだもん・・・」
「ヘンな夢でも見たのかよ?
俺がオマエを置いていくわけねぇだろ・・・」
将臣は優しい声で囁くと、をそっと抱き締めた。いつもより高い体温が、子供を抱っこしているような錯覚をさせる。
「一生懸命呼んでるのに、あたしのこと無視して
さっさと行っちゃうんだもん・・・」
半泣きのような声で答えるを将臣はクスクス笑って、じわりと涙の滲んだ瞳を指先でそっとぬぐってやった。
「――オマエが俺を呼んだら、どこに居たって駆けつけてやるよ」
「・・・・・・」
ポカンとした表情で自分を見つめるに、将臣は首をかしげた。
「オイ?どうした?」
「な、なんでもないっ!もう寝る!」
「なんか顔赤いけど、また熱上がってきたんじゃねぇか?」
「だ、大丈夫!」
はパッと将臣から離れると、ガバッと布団を被って寝てしまった。
あたし、ヘンだ・・・!胸がドキドキしてる・・・。将臣くんがヘンなこと言うからだ。
将臣の言葉が嬉しくて、嬉しくて・・・。涙がでそうなくらい嬉しくて。
はそっと布団から顔をだして、将臣の姿を探した。
少し離れたところに将臣は座って、何かの本を読んでいた。の視線を感じたのか、将臣はこちらを向いて、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「っ!?」
もう一度布団の中に潜りこんでしまったを将臣はクスクス笑った。
あたしがいつも見ていたのは将臣くんの背中。
――でも、将臣くんはいつも後ろにいるあたしを振り返ってくれた。
いつの間にかそれが当たり前になってしまっていたけれど、将臣が自分を振り返ってくれるのがとても嬉しかったことをは思い出していた。
【あとがき】
なぜだか将臣くんの続きです。
前2作と同じヒロインでシリーズモノということで。
将臣くんってこんな感じですか?(笑)ゲームプレイせずに書いちゃダメですよね〜(^^;)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年10月14日