masquerade
――いつかは終わりがやってくると思っていた。まさか、それが今夜だとは思っていなかったけれど。
「しっかりしろ」
右側のわき腹が深く抉られ、傷口からドクドクと血が溢れているのを感じる。
呼びかける仲間の声も遠い。
「なぁ・・・黒猫、最後にオマエの顔、見せてよ」
「それは里に帰ってからの楽しみにとっておけ、写輪眼」
今宵カカシは暗部装束に身を包み、四人一組を組んで暗殺任務にあたっていた。
そして、ターゲットを追い詰めたと思った瞬間、カカシ達は敵に包囲されてしまったのだ。
いや、敵だけではなく、味方の四人一組のリーダーにも・・・。
油断、と言われればそれまでかもしれない。だが、リーダーは火影の信望も篤い男だった。
既にチームの一人は敵刃に倒れ、カカシ自身も致命傷に近い傷を負っている。残るもう一人のメンバー、黒い猫の面を被った仲間はかすり傷程度だったが、チャクラの残量は知れていた。
二人は何とか敵の包囲網を脱し、暗い夜の森へと逃げ込んだのだ。
「オレの顔はバレてるのにさ・・・ずるい」
カカシの暗部面はとうに失われ、左眼の写輪眼が露わになっていた。
「そういう問題ではなかろう。もうしゃべるな」
黒猫はカカシの傷の手当てを行っていた。カカシは内心では、もう無駄なのにと思っていた。
「あきらめるな」
黒猫とは何度もチームを組んだ。カカシにとっては、安心して背後を任せられる仲間だった。
戦闘能力は文句なく、さらにはその治癒術の能力の高さは比類する者がいなかった。
実際何度も黒猫の治癒術に救われている。
――だが、それも限界がある。
「オレを殺せ・・・そして逃げろ・・・」
このままでは二人とも死んでしまう。それならば、まだ生き残る可能性のある黒猫に賭けるべきだ。
単純な確率の問題、カカシはそう考えたのだ。
「カカシ?!」
カカシは初めて黒猫の本当の声を聞いたような気がした。
黒猫とは何度も任務を共にしたけれど、その性別すらカカシは知らなかった。
それというのも、黒猫は現れるたびにその姿かたちが異なっていたからだ。
あるときは青年、あるときは少女、壮年の男だったり、子供だったりもした。そして今夜は女性の姿をしていた。
共通しているのは黒猫の面と、ゆったりとした口調だけだ。誰も本当の姿を知らない。
「・・・少しでも生き延びる可能性が高いのはオマエだろ」
「・・・」
黒猫は答えず、黙々と治療を続けている。
なんとか傷口を塞ごうとするが、流れ出す血は土へと吸い込まれてしまう。
このままではもたない、と黒猫は思った。
「では、わたしと賭けをしようか、写輪眼」
「オマエと・・・?何を賭ける?」
「生命」
こんなときだというのに、カカシはクスリと笑みを浮かべた。
黒猫は何を考えているんだろう。頭がぼんやりとして、指先の感覚がなくなってきている。
ホントに『終わり』がやってくるのかもしれない…。
「お前の命をわたしに賭けてみないか。うまくいけば助かる」
「確率は?」
「・・・さて。何分、わたしも初めて使う術なのでな」
「お前って・・・ホント、正直。フツーなら『大丈夫だ』ぐらい言うだろ?
まぁ、いいや・・・。オレの命をオマエにやるよ。好きなように使え」
そんなもの貰っても困る、と黒猫は苦笑していた。
「おまえが生き延びたら、わたしの本当の姿を見せてやろう」
「・・・そりゃ楽しみだね」
カカシの呼吸が、だんだんと弱く浅くなっていく。黒猫は慌てて印を結んだ。
朦朧としていく意識のなかで、見たことのない印の結び方だとカカシは思った。
やがて黒猫はクナイを取り出し、カカシの左手の手甲を切り取ると、その手のひらを斜めに切り裂いた。
「・・・クッ」
カカシの苦鳴にも黒猫は手を止めず、今度は自分の左手のひらを切り裂いた。
「いくぞ」
ドクドクと血の溢れる左手を、同じくカカシの左手と組み合わせ、空いた右手で素早く印を結んでいく。
「ぐはぁ・・・っ」
黒猫が印を結ぶにつれ、信じられないほどの激痛がカカシを襲う。
組み合わせた左手から、なにか得体の知れない力が流れ込んでくるのを感じていた。
身体中の血が逆流するような、全身を切り刻まれるような痛み・・・。
「もう少しだ、我慢しろ」
苦しげな黒猫の声が聞こえた。カカシは悲鳴をあげないでいるのがやっとだった。
「・・・うっ!」
カカシの身体がビクリと跳ねたかと思うと、脱力した。どうやら気を失ったらしい。
黒猫はほぅっと息をついた。
痛みから逃れるかのように強く握られた左手をそっと外す。そのまま自分も倒れこんでしまいたい気持ちを抑え、黒猫はもう一度印を結んだ。
「忍法口寄せ!」
ボワンと白い煙があがったかと思うと、そこに現れたのは漆黒の毛並みに金色の瞳を持つ忍犬。
「酷い有様だな」
「まぁな・・・」
忍犬は、いまだ血の止まらぬ黒猫の左手をペロペロと舐めた。
「里への使いを頼む。カカシの居場所を伝えてやってくれ」
「・・・おぬしはどうする?」
「まだ任務が残っている」
フラリと崩れ落ちそうになりながらも、黒猫はようやく立ち上がった。
「この場所をしっかりと覚えておけ。結界を張っておく。里からの救援がくるまでなら、なんとか保つだろう」
「そこまでして、彼奴を助けねばならんのか?」
忍犬の目から見ても、いまの主はとても戦えるような状態ではなかった。おそらく敵を引きつけ、カカシを逃そうというのだろうが、そこまでする理由がわからなかった。
「・・・カカシには借りがある。それに、三代目にもな」
心配げな忍犬を、無傷な右手でそっと撫でてやる。
「わたしは死なない。まだ、その時はきていない」
「・・・承知した。里への伝令役、引き受けよう」
「頼んだぞ」
里へと矢のように駆け出した忍犬を見送り、黒猫は気を失ったままのカカシの傍らに膝をついた。
「賭けに負けたいと思ったのは初めてだ。生き延びろよ、カカシ」
黒猫は最後の力を振り絞って、結界を張った。
【あとがき】
ノ、ノンシュガー・・・?(汗)
名前変換もないし、『黒猫』ってダレよ?(笑)わー、久しぶりのカカシ先生なのに、甘々なお話を期待してくださってた方、ゴメンなさーい!
えー、一応続きます・・・。このままノンシュガーのダイエットコースかもしれません・・・(汗)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2004年11月12日