masquerade 第2章




「なぁ、写輪眼。面白いヤツが入ってきたらしいぜ」
「面白いヤツ?オレの足を引っ張らないでくれるなら、別にどんなヤツでもいーけど」
何度か任務を供にしたことのある虎面が面白そうに言った。正直、オレは格別興味はなかった。
いや、かえって迷惑だと思っていた。
まさに命のやり取りをする任務――そんなところへ、ひよっこが現れて、引っ掻き回されたくない。
「ま、そりゃそうだな。けど、ウワサじゃ結構腕が立つらしいぜ」
「ふーん」
オレの気のない返事に、虎面はつまらなそうな雰囲気だ。別にオレは気にもしなかったが。
人を殺して、酒を飲んで、女を抱く・・・。日々その繰り返しだ。
――その頃のオレは、そんな風にして生きていた。


「よろしく」
黒猫の面を被った人物は低い声でそう言った。
女だったのか、とオレはちょっと驚いた。暗部に入ってくる女は少ないからだ。
「女かどうか、わかりゃしねぇよ」
今夜は、オレと虎面、そして黒猫がチームを組むことになっていた。
虎面がこっそりオレの耳元に囁いた。
「アイツはよ、現れるたびに姿が違うそうだ」
「どういう意味だ?」
「カンペキに変化してやがるんだ」
「へぇ・・・」
「あるときは男、あるときは女の姿・・・。ガキの姿のときもあるらしいぜ」
なるほど、そう言われてみると、黒猫はかなりの量のチャクラを練りこんで変化しているらしかった。
写輪眼を使えば本当の姿を見ることができるかもしれないが、任務の前にこんなことでチャクラを無駄遣いするわけにはいかない。
簡単な打ち合わせをして、オレたちは任務へと向かった。


オレの心配は杞憂に終わり、任務は何事もなく終了した。
黒猫は足を引っ張るどころか、ほかのメンバーのサポートを完璧にこなしていた。
何も合図をしなくても、黒猫は必要な場面で現れ、必要な助力をしてくれる。まるで、昔からチームを組んでいたかのように・・・。
黒猫の得物は細身の剣だった。両の手にそれを持ち、左手の剣で防御し、右手の剣で攻撃する。
パワーという面では若干不安が残るが、それを身の軽さでカバーしているようだ。
流れるような剣さばきは、まるで舞を見ているかのようだった。
銀色の閃光が走ったかと思うと、そこには敵の屍・・・。
あながちウワサも嘘じゃないらしい、オレはそう思った。黒猫はかなりの使い手だった。
さらにはその正確なチャクラコントロール――黒猫の掌仙術を見たが、医療上忍も顔負けの術だった。
それなりの戦闘力を持ち、素晴らしい掌仙術を持つ黒猫は、オレにとっては良い相棒だった。
虎面のように余計なことをペラペラしゃべらないところも、オレは気に入っていた。
次第にオレと黒猫はチームを組むことが増えていった。


それは何度目の任務だったろうか。
その夜も、オレと黒猫はツーマンセルを組み、暗殺の任務をこなしてきた。
あともう少しで里に着くというとき、まだ夜の明けぬ暗い森の中で黒猫は足を止めた。
「どうした、黒猫?」
「・・・なぜ殺した?」
「殺すのが任務だろ」
オレは、黒猫の質問の意味がわかっていながら、あえて違う答えを言った。
「わたしが聞いているのは、護衛を10人も殺す必要があったのか、ということだ」
今夜のターゲットもご多分にもれず、護衛をつけていた。そして、オレはその護衛を全員殺していた。
「任務遂行の邪魔になるものは排除しろ――オレはそうしただけだ」
「それはそうかもしれない。だが、写輪眼、お前なら殺さずに済ませただろう?」
「オマエの買いかぶりだろ?あの場面で手加減するなんて、オレにはできない」
実際問題、その護衛は大したことはなかった。数は多かったけれど。
黒猫の言うとおり、オレは単に手加減するのが面倒だったのだ。殺すより、殺さないでいる方がオレには難しい注文だった。
「無駄な血は流すな」
黒猫の言葉は、オレの怒りに火をつけた。オレは黒猫の腕をねじり上げた。
「グダグダうるさいことばっかり言ってると殺すよ?」
――この頃のオレに、正直オレは出会いたくはない。
何もかもを傷つけずにはいられない衝動にかられ、そしてそれを止める人間はいなかった。
里の上層部が何を考えていたのか知らないが、あの頃のオレはまさに殺人マシーンになろうとしていた。
明けても暮れても入ってくる任務は暗殺ばかり・・・。オレは狂気の淵に立っていた。
「離せ・・・!」
黒猫がもがいてオレの腕から逃れようとし、それを阻止しようとしたオレともみ合いになり、ふたりして地面に倒れこんだ。
「く・・・っ」
下敷きになった黒猫が低いうめき声をあげた。
不意にオレは自分の下の柔らかな身体を意識した。
忍びとして鍛え抜かれてはいるけれど、それでも柔らかさを残した身体――自分とは違う女の身体。
そういえばと、オレは気づいたことがあった。それは、オレと組む時黒猫は必ず女の姿をしているということ。
オレ以外の面子がいるときは、たいてい男の姿――男というよりも少年――をしていた。
しかし、オレとツーマンセルの時は必ず女の姿をしていた。
「なぁ、黒猫?オレと組むときは、どーして女の姿ばっかりなんだ?」
オレの下敷きになっている黒猫の身体がピクリと動いた。慌ててオレの下から逃れようとした黒猫の両手を一掴みにして頭の上に縫いとめ、半ば馬乗りになるような感じでオレは黒猫を押さえつけた。
「どけ!」
「ヤダね。答えるまで逃がさない」
オレはニヤリと笑いながら、面を外した。
暗部は面を外してはいけない規則になっているが、オレの場合、写輪眼を使うためには面はジャマだ。
素顔を隠すだけ無駄というものだった。
「なぁ、答えろよ」
漆黒の装束からわずかに覗く、黒猫の白い首筋に顔を埋めるようにして言った。
微かに甘い体臭、そしてきめ細かな白い肌――黒猫は女だ。オレはそう思った。
くちびるが肌に触れるようでいて触れない距離・・・。だがオレの吐息を感じて、黒猫が身じろぎした。
偶然触れた肌は甘くて柔らかかった。オレは別の欲望が次第に頭をもたげてくるのを感じた。
最初は、うるさいことを言い出した黒猫をちょっと懲らしめてやろうと思っただけだった。
けれど、触れた身体は柔らかく、まるでオレを誘っているかのようだった。
人を殺した興奮状態、とでもいうのだろうか?オレは、それを解放するために、任務明けには必ずといっていいほど、色街へと繰り出していた。無論、女を抱くためだ。
「オマエって、本当は男?女?どっちなんだ?」
「・・・・・・」
「ふーん、答えないつもり?なら、確かめさせてもらおうか」
オレは黒猫の両手を戒めたまま、空いた方の手をその身体に這わせた。触れた手に伝わってくるのは柔らかな感触・・・。
襟元をはだけると、白いふくらみがのぞいて、オレはそれにくちづけた。
「あっ・・・!」
オレの行為が親密さを増していっても、黒猫は抵抗しなかった。
「なんで抵抗しないの?最後までヤっちゃうよ、オレ?」
「・・・抵抗してほしいのか?」
黒猫のちょっと低めの柔らかな声・・・。オレは黒猫の声が好きだった。
「んー、無理矢理ってのはあんまり好みじゃないんだよねー」
「その割には手荒なことをする」
オレは思わずパッと手を離していた。でも、黒猫は逃げる様子もなく、クスリと笑った。
「どうした?やめるのか?」
黒猫の細い腕がオレの背に回され、そっと抱きしめられた。
「・・・お前になら構わない」
オレに触れる黒猫の手はなんだかとても優しいような気がした。


オレは黒猫を腕に抱きながら、ぼんやりと月を見上げていた。
「・・・どうしてオレに抱かれた?」
「なぜそんなことを聞く?」
黒猫はおかしそうに言った。半ば強引に始められた行為を、黒猫は抵抗することもなく受け入れた。
愛撫にぎこちなく反応する身体にオレは少し疑問を抱いたが、その柔らかくて熱い身体に魅了されたオレはその行為をやめることができなくなっていた。
そして、黒猫と身体をつなげて初めてオレの疑問がとけた。
「オマエ、もしかして初めてなのか?!」
「・・・やめないで」
思わず身体を引こうとしたオレに、黒猫のすらりとした脚がからみつく。面の下に隠されたその表情を窺い知ることはできない。
キスしようとしてオレは面に手を伸ばしたけれど、その手はやんわりと黒猫にさえぎられ、オレはその素顔を知ることなく黒猫を抱こうとしていた。
「・・・クソッ!」
「ああ・・・っ」
オレはもう止めることができなくなっていた。初めてだという黒猫を思いやることすらできないほど・・・。
「単なる気まぐれだ。猫は気まぐれな生き物だろう?」
微かに笑いながら黒猫は答え、オレの腕の中から起き上がると身支度を整え始めた。
不意に腕の中から消えたぬくもりに、オレは言いようのない寂しさを感じた・・・。
「そろそろ帰還しよう。皆が心配する」
「ああ、そうだな・・・」
東の空が明るくなりつつあった。


それから何度も黒猫と抱き合った。それはもっぱら、黒猫とのツーマンセルの任務の後だった。
「なんで面とらないの?」
オレと黒猫は抱き合ったけれど、オレは黒猫の素顔を知らなかった。
「顔を見られるのは好きじゃない・・・」
「ふぅん・・・」
傍から見ればおかしな光景だったろう、黒い猫の面を被ったままの女を抱くオレは・・・。
けれど、時折オレの背に回される細い腕や、少し低めのその声でオレの名を呼ぶ黒猫からオレは離れられなくなっていた。
黒猫を抱くにつれ、オレは色街への足が遠のいていった。
任務明けに女を抱きたい――それは血に酔っているからだと思っていた。
だが、本当はそうではなかった。オレはただ、生きている人間に触れたかったのだ。
ついさっきまで、笑い、泣き、そして脈打っていた熱い身体は、オレの手によって物言わぬ冷たい塊へと変化していく。
まるでオレ自身が冷たい骸になったような錯覚――そこから連れ戻してくれるのが黒猫だった。
彼女――あえて彼女と呼ぼう――が居たから、オレはこちら側に踏みとどまることができたのだろうと思う。
大切なモノはオレの手の中から奪い去られ、任務という名の殺戮にあけくれる毎日。
気づかぬうちに、オレは狂気にとらわれかけていたと思う。正気と狂気を、薄氷を踏むかのように行き来する日々・・・。
黒猫の穏やかな声音とその温かな身体が、オレを狂気の淵から呼び戻してくれた。


オレはそう思っている・・・。




【あとがき】
話が進んだような、進んでいないような・・・(^^;)
暗部時代のカカシ先生の回想でございます。いつものウチのぽや〜んとしたカカシ先生とはちと違う(?)感じですね。お嫌いな方はゴメンナサイ。
これからどんな展開になるんでしょうねぇ〜?誰か教えてください(笑)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2005年3月7日