masquerade 第3章




『お行きなさい。私はあなたの幸せだけを祈っているわ』
もうすぐに死んでゆく身で、そのひとは大輪の薔薇のような微笑を浮かべた。




古い資料の詰まった書棚をひっくり返し、アカデミーの卒業生のリストをパラパラとめくる。
ここに放置されているということは、さほど重要な資料ではないということだろう。
黒猫のことが知りたくて、カカシは三代目の書庫にもこっそり忍び込んだことがあった。
――だが、なにも見つからない。
今となっては、本当に黒猫が居たのかどうかでさえ定かではなかった。
彼女のことは、狂気の淵をさまよっていた自分の精神が見せたまぼろしなのか・・・?
しかし、彼女の柔らかな声音と、そのしっとりとした肌の感触を覚えている。
逢いたい・・・。ただ、そう思う。
黒猫に逢って、自分はどうしたいのか、カカシにはよくわからなかった。
助けてもらった礼を言いたいのか、それとも面の下の顔を見たいのか・・・?
確かに言えることは、もう一度、あの柔らかな声音で自分の名を呼んでほしい。
ただそれだけだった。
いつのまにか太陽は西の空に傾き、資料室はオレンジ色の光に包まれていた。
「・・・」
パタンと資料を閉じると、カカシは深いため息をついた。
今日もそれらしい人物の情報は見つからなかったのだ。
「帰るか・・・」
微かに疲れの滲んだ声でそうつぶやき、資料を元の場所へ戻そうとカカシが立ち上がったとき、
カツンカツン!
と、窓の外に止まった白い小鳥がガラスをつついていた。
「呼び出しか・・・」
雨に汚れてくすんだ窓を開け、小鳥へと手を伸ばす。小鳥はチチチと鳴きながら、カカシの掌へ飛び乗った。
その柔らかな羽をそっと撫でてやると、ふたたび窓の外へと放してやる。
小鳥は白い翼を羽ばたかせ、夕暮れの空へと消えていった。
カカシはそれを見送り、火影の執務室へと急いだ。

「お呼びでしょうか」
「おお、カカシか。すまんの、急に呼び出して」
カカシが火影の執務室を訪れると、そこには三代目だけでなく、ひとりの女性がいた。
ソファに座っているその女性は、カカシに気づくと軽く会釈をした。里では見かけたことのない顔だった。
カカシも軽く会釈を返し、勧められるままにソファに腰掛けた。
チラリと女性を覗き見る。
まっすぐな黒髪が印象的な、どこかエキゾチックな雰囲気のする女性だった。
「もうひとり来る予定じゃが、遅れているようじゃの。先に紹介しておこうか」
「はぁ・・・」
「こちらは、華の国の玉葉殿じゃ」
「初めまして、玉葉と申します」
表情は固いまま、玉葉と紹介された女性が挨拶をした。
「どうも・・・」
華の国か、とカカシは口の中でつぶやいた。
――夜空を焦がす紅蓮の炎。人々の悲鳴と怒号が飛び交う。
血塗られた小さな手。その手を強く握り締めた。
『ありがとう・・・』
青ざめたその顔に、せめてもの微笑を浮かべようとする少女が痛々しかった。
そして、少女を守ってやれなかった自分が歯がゆかった。
「――どうかしたか、カカシ?」
「いえ・・・なんでもありません」
三代目の声にカカシはハッと我に返った。
もう何年も・・・十年以上昔のことなのに。思い出したことなど、ついぞ無かったというのに。
「火影さま、それで私が呼び出されたのは?」
「うむ。それじゃが・・・」
トントン、とドアをノックする音がしたかと思うと、バッと勢いよくドアが開いた。
「すみません!遅くなりましたっ」
白い塊が飛び込んできた、と思ったのは見まちがいで、それはよれよれの白衣だった。
「遅いぞ、
「すみません、診察が長引いちゃって」
「・・・アレ?」
「あら、はたけ上忍!」
そう言って笑った人物は、さきほどカカシが病院で会った女医だった。
「知り合いかの?」
「知り合いというほどでもないんですけどね。さっき、病院で会ったんです」
「そうか」
「あ、自己紹介がまだでしたね!あたし、木の葉病院の医者で、といいます」
「・・・どーも」
いったいどんな任務なのだろうか?
おそらく依頼人は玉葉なのだろう。では、このという女医はなぜ呼ばれた?
「さて、カカシ。おぬしに頼みたい任務というのは、こちらの玉葉殿を華の国へ送り届けてもらいたいのじゃ」
「華の国へ、ですか?」
「うむ」
三代目の説明によると、玉葉は先の王に連なる一族の者だという。
――華の国では十年以上前、クーデターが起きていた。
当時の国王の弟が軍部と手を組んでクーデターを起こし、実の兄から王権を奪ったのだった。王宮は焼かれ、たくさんの人間の血が流された。
玉葉は命からがらその王宮から逃れてきたらしい。彼女は王の血に繋がる者として、抹殺されるところだったという。
しかし、それから十年以上が経ち、国も平静を取り戻しつつある。王家の血を引いていた母方の人間はあらかたクーデターで死んでいたが、父はまだ華の国で健在だという。
カカシの任務は、玉葉を華の国の父親の元まで送り届けるというものだった。
「華の国に送り届けるのはいいとしても、危険はないのですか?」
「無論その可能性はある。じゃが、玉葉殿のたっての希望でな」
ずっと沈黙を守っていた玉葉が口を開いた。
「あれから十年以上が経って、父も年を取っているはず・・・。なるべくなら傍で一緒に暮らしたいのです。
 国を出てから、あちこちを転々としていまして。わたし自身もあまり身体が丈夫ではないので、
 そろそろ落ち着いて暮らしたいのです」
「なるほど・・・」
抜けるように白い肌だと思っていたが、そう言われれば病的な白さかもしれなかった。
故郷に帰りたいという玉葉の気持ちは、カカシにもよくわかった。忍びという職業柄、里を離れることが多いカカシだ。任務明けに里に戻ればホッとするし、やはり自分の帰る場所はここなのだろうと思う。十年以上も生まれ故郷を離れているというのはどんな気持ちなのだろうか・・・。
「で、玉葉殿を華の国まで送り届けてもらいたいのじゃが、彼女はあまり身体が丈夫でなくての。
 それで、彼女の担当医であるも同行させようと思っているのじゃ」
「彼女は日常生活はムリをしなければ、何の問題もありません。ですが、旅に出るとなると・・・。
 若干不安な点があるので、あたしが同行を申し出たのです」
「はぁ・・・」
女性二人を連れての旅か・・・。少々、やっかいかもしれないな。
単純に旅の同行者ということなら自分には任務は回ってこないだろう、とカカシは思ったのだった。
確かに女性の一人旅というのは危険だが、その程度の任務であれば中忍クラスで十分なはずだ。それが上忍である自分に回ってくるということは、何か厄介ごとがあるということだろう。
「出発はあさってじゃ。頼んだぞ、カカシ」
「承知いたしました」
話が終わってホッとしたのが、玉葉がようやく表情をゆるめた。
「じゃ、玉葉さんはあたしと一緒に病院へ行きましょうか。出発前にいろいろ検査しておきたいから」
「はい」
が席を立つと、玉葉もそれに従う。
「火影さま、それでは失礼いたします」
「うむ」
女性ふたりが退室すると、なぜか三代目は深いため息をついた。
「どうかなさいましたか、火影さま?」
「いや、なんでもない・・・」
なんでもないとは言うものの、三代目の表情は暗く、カカシにさらに疑問を抱かせた。
「のう、カカシよ」
「はい?」
「あの二人を・・・守ってやってくれ」
「それは、もちろん任務ですから」
「そうじゃの・・・詮無いことを言うたな。お前に任せておけば、ワシも安心じゃ」
三代目は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

三代目の様子を不審に思いつつも、カカシは火影の執務室を辞した。
廊下の壁にもたれて立っていたのは、病院へ行ったはずのだった。
「立ち聞き・・・ですか?」
わざと不信感をこめて言ってみたのだが、はクスリと笑っただけだった。
「『三代目火影』と『写輪眼のカカシ』の話を立ち聞きできる人間がいたら会ってみたいわね」
「・・・」
「三代目になにか言われた?」
「なにかって、なにを?」
「まぁいいや。三代目が何を言ったかは知りませんが、あたしは自分の身は自分で守れます。
 でも、彼女は・・・玉葉のことは何があっても守ってやってください」
「あなたと彼女の関係は?」
の口調から、カカシはふたりが昨日今日の知り合いではないと思ったのだ。
「・・・古い知り合いです。あのクーデターの夜に、彼女の運命は一変してしまった・・・。
 もう十分過ぎるほど辛い目にあってきているんです。これからは、平穏な生活を
 送らせてやりたい。あたしはそう思っているだけ」
その真剣な眼差しは、が嘘をついているようには見えなかった。
「・・・アンタ、何者?」
「ん?タダの医者よ」
肩をすくめて、が笑う。
ただの医者が『自分の身は自分で守れる』と断言できるのだろうか?確かに病院で見たあの治癒術はすばらしいものだったが、彼女が護身術に長けているようには見えなかった。
「じゃ、そういうことで」
一方的に会話を終わらせると、は片手をあげて、パタパタと病院の方へ走り去った。
「・・・ヤレヤレ、面倒な任務になりそうだな」
小さくなっていく後姿を見送りながら、カカシは深いため息をついた。




【あとがき】
ようやくヒロインちゃん登場です。・・・のわりには、糖度ゼロですね〜(笑)
このお話に関しては、糖度は絶対的に低いです!というか、糖度は皆無です(汗)
カカシ先生もいつもとキャラ違うしなぁ・・・(^^;)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2005年9月2日 しろぱだんだ