Rain




雨が降っていた。
彼女は飽きもせず、読みかけの文庫本を手に、シトシトと降る雨を窓辺によりかかって見つめている。
オレはというと、資料をパラパラとめくりつつ、時折彼女の様子を盗み見ていた。
オレの存在にはまだ気づいていないようだ。
ココは任務受付所の奥にある資料室――普段のオレはこんなところに出入りすることはないのだが、今日は調べ物があって、ほんのすこしカビくさいような、書物の匂いのするこの資料室へやってきたのだ。
ガランとした資料室には誰もいないと思っていたが、ふと人の気配を感じて奥をのぞいてみると、そこには任務受付所の受付嬢のちゃんがいた。木の葉の里も人手不足で、任務受付所の受付を一般人から募集したのだが、早々に皆辞めてしまい、今では残っているのはちゃんだけだった。
彼女とは顔見知りだし、どちらかと言えば(いやかなり)お近づきになりたい女のコである。
声をかけようかと思ったけれど、あまりにも静かな横顔に、一瞬、オレは声をかけるのをためらった。
彼女はいつも元気いっぱいで、ある意味怖いものしらずな性格だ。オレが受付所に行くと、
「カカシ先生!任務お疲れさまです!」
と元気な声で迎えてくれる。
それはほかの忍に対しても同様で、あのイビキに対しても同じ態度なのだ。フツーの一般人の女のコなら、ゼッタイ泣き出すと思うんだけどなー。だって、怖いデショ?ま、アイツのせいで何人か受付を辞めたんじゃないか、ってオレは思ってるんだけどね。
でも、ちゃんはいつもと同じ。元気いっぱい、にこにこと出迎えてくれる。たとえ血まみれの忍者が現れたとしても、怯えるよりもケガをしていないか心配するような女のコだ。
そんな彼女の、こんな静かな横顔を見るのは初めてだった。
雨の降る音だけが聞こえてくる、この静寂の空間にはピッタリなのかもしれないが。
どこか寂しげな表情に、オレは居てもたっても居られなくなり、ためらいつつも思い切って声をかけた。
だって、いつも元気な女のコなんだ。そんなコが沈んだ表情をしていたら心配になるってモンでしょ?
ちゃん?」
「・・・カカシ先生!?うわー、サボってるの見つかっちゃいました?」
「?」
「あたしの秘密の場所だったのにな」
そう言って、ちゃんはふわりと微笑んだ。それはいつもの元気いっぱいな笑顔とは違って、どこか寂しげに見えた・・・。
「ココって、ちゃんのサボリの場所だったの?」
「そうなんです。最近、新しい図書館ができたでしょう?みんな向こうへ行っちゃうから、ココには誰もこなくて。
 ひとりになりたいときにはココにくるんです」
任務受付所でも、里の中でも、明るくて元気な彼女は人気者で。いつも友人たちに囲まれていて、ひとりきりの彼女を見かけたことはなかった。
「何かあったの?」
オレは思わず質問していた。なんだか彼女のプライベートな場所に踏み込んでしまったような気がしていたが、訊かずにはいられなかった。
「あたし・・・・・・雨が嫌いなんです」
「雨?」
「そうです」
そう言って、彼女はまた鉛色の空を見上げた。空を見上げた彼女の表情は、今にも泣き出しそうに見えた。
「あたしの両親、雨の日に任務に出かけて、二人とも帰ってこなかったんです」
あたしの両親って忍者だったんですよ、とちゃんはぽつりと言った。
「だから、雨の日はキライ。受付に座っているのもイヤ・・・。ワガママだとは思うんですけど、こんな日に任務にでていく
 皆さんを見送りたくはないんです・・・」
ちゃん・・・」
「でも、サボってたら怒られちゃいますよね。そろそろ戻ります」
そう言って、ちゃんはいたずらっぽく笑った。
パタパタと資料室を出て行こうとするちゃんの腕を、オレはとっさに掴んでいた。
「カカシ先生?」
「雨は・・・雨はいつか止むから・・・・・・」
こんなことしか言えない自分が情けなかった。もっと上手く言えたらいいのに、とオレは思った。
「カカシ先生・・・。そうですね、ありがとうございます」
ちゃんは一瞬驚いたような表情をしていたけれど、柔らかな微笑を浮かべてオレにそう言った。
彼女は軽く一礼すると、資料室から出て行った。
薄暗い資料室に一人残されたオレは、手に残るちゃんの腕の温かさがすこし懐かしかった。
いつもにこにこ笑っているちゃん――里のフツーの家庭に育って、フツーの幸せそうなお嬢ちゃんだと思っていた。
でも、ホントはそうではなくて――オレが見ていたのは、彼女のほんの一部。
にこにこと笑っている表情の裏には何が隠されているのだろう?
・・・なんだかオレは、もっとちゃんを知りたい、と思った。


願わくば、この雨が止みますように。
願わくば、彼女に降りつける雨が優しいものでありますように。

雨がやんだら、ちゃんを誘ってどこかへ出掛けよう。オレはそう思った。




【あとがき】
30のお題の「手」を修正しようと書き始めたのですが、なぜか独立・・・。
逆ハーのヒロインにしようかと思ってみたりして・・・あわわ、またとんでもないコトを書いてしまったわ(汗)
というわけで、「カカシ先生と出会い編」でございました(←イイのか、自分?!)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2004年5月9日