my hometown




私は夕暮れの里を、自宅に向かって歩いていました。
任務もつつがなく終わり、報告書もスムーズに受理され、私は『今日の夕食は何にしよう?』などと考えながら、商店街に差し掛かっていました。
夕陽は少々まぶしいほどでしたが、オレンジ色に染まった里のあちこちから、夕餉の支度をする音や匂いがしてきて、私はなんだかホッとしていました。
任務の都合上里を離れることが多い私ですが、やはり里に戻るとホッとするのです。
これで誰かが家で私の帰りを待っていてくれれば言うこと無し、なのですが・・・。
しかし、まだ私にはそのような方は居ません・・・残念ながら。ゴホゴホッ。
「あれは・・・」
商店街をゆく人々のなかに、私はある方の後姿を発見しました。
ああ、そうですね・・・彼女のような方が私の帰りを待っていてくれれば嬉しいでしょうね・・・ゴホゴホ。
彼女は両手にスーパーの袋を持ち、その様子から察するに中身はかなり重そうです。
さん?」
私は彼女の名を呼びつつ、その手から荷物をヒョイと奪い取りました。
「あ、ハヤテさん!お帰りなさい」
「た、ただいま戻りました。ゴホゴホッ」
柄にもなく照れてしまいました・・・。夕陽のオレンジ色が、私の頬の色を隠してくれることに感謝したい気持ちです。
彼女――さんは、任務受付所の受付嬢をされています。彼女に報告書を提出するのを密かに楽しみにしているのですが、残念ながら今日はお休みだったようですね。
「お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
私がそう言うと、さんはほっとしたような微笑を浮かべました。
・・・そう言えば、さんと初めて会話したときも『お怪我はありませんか?』でしたね。


その日――たしか早朝だったと思いますが、私はAクラスの暗殺任務を終えて里に帰還したところでした。
さすがにAクラスの依頼だっただけのことはあり、相手の護衛とはかなり激しい戦闘になりました。少々てこずったものの、もちろん任務は完了させましたが・・・。
早朝ということもありましたし、疲れていたせいもあって、私は敵の返り血を浴びたままの姿で任務受付所を訪れたのです。
任務受付所の受付には、たいてい顔見知りの中忍がいるはずなのですが・・・この日は見慣れない女性がぽつんと座っていました。
見たところ、額宛もないようですし・・・最近入ったという一般人の受付嬢なのでしょうか?
とすると・・・この姿では差しさわりがあるかもしれませんね・・・。
正直なところ、この血まみれの姿を見て悲鳴をあげられでもしたら困る、と思いました。引き返すべきか、とも思いましたが、報告書は書き上げており、あとは提出するだけの状態。さっさと済ませて帰宅したい、という気持ちの方が勝ち・・・。
「・・・!」
ようやく、彼女が私に気づいたようです。大きく目が見開かれて、私の姿に驚いているようです。
「あ、あのっ!お怪我はありませんか?!」
「・・・ええ、大丈夫です」
私がそう言うと、彼女は心底ホッとしたような表情をしました。そして、ハッとしたように私の方に手を差し出しました。
「すみません、報告書の提出にいらっしゃったんですよね」
私が報告書を差し出すと、彼女はテキパキとチェックを行い、受領印をポンと押しました。
「ハイ、確かに報告書を受領しました。任務お疲れさまでした」
そう言って、彼女はにっこりと微笑みました――彼女の微笑みに、私はなぜかドキとしました。
こんな姿をしているときに―― 一目で人を殺してきたとわかる姿の私に、微笑みかける人などいなかったから。
それが、さんと私の出会いでした・・・。


「ずいぶん重いですね?」
「スーパーの特売だったんです。つい欲張って、お醤油とみりん、両方買っちゃって」
なるほど、白いビニール袋の中には、醤油とみりんの瓶が入っていました。
「ホントはお砂糖も安かったんで買いたかったんですけど、さすがに重過ぎて」
と、さんはちょっと悔しそうに言いました。ふむ、経済観念が発達しているのは素晴らしいことです。
「よろしければ、ご自宅までお送りしますから、砂糖も買ってこられてはいかがですが?ゴホゴホ」
「え、でも・・・?」
さんのお宅は、確か私の帰り道ですし」
「でも、ハヤテさんに荷物持ちなんて・・・」
「かまいませんよ」
私はにっこりと微笑んでみせました。あまり愛想のいいほうではないと思うのですが、さんが相手だと自然に微笑むことができるのはどうしてでしょうか・・・?
「えっと、じゃ、お言葉に甘えて、お砂糖買ってきます!」
そう言うと、さんはパタパタとスーパーの中へ走っていきました。
一生懸命走っていくさんが可愛らしくて、私は思わず笑みを浮かべていました。転ばなければいいのですが。
しばらくすると、さんが戻ってきました。
「すみません、お待たせしました!」
「いいえ、大丈夫ですよ」
二人して夕暮れの商店街を、他愛もない話をしながら、ぶらぶらと歩いていきます。
・・・なんだか新婚さんのようですね。
「ゴホゴホッ!」
「だ、大丈夫ですか、ハヤテさん?」
「あ、ええ。すみません」
さんが心配そうに私を見ていますが、私がなにを考えたのかは気づいていないようです。

楽しい時間が過ぎるのは、どうして早いのでしょうか・・・?
さんと他愛もない話をしながらぶらぶらと歩いていたのですが、あっという間にさんの家に到着してしまいました。
「ありがとうございました、ハヤテさん。重かったでしょう?」
「これくらい軽いものですよ」
と私が言うと、さんは感心したようにほぉという表情をしました。
「これでも一応忍者ですから」
「え!?そ、そういうつもりじゃなくてっ」
ぱぁっとさんの頬が赤く染まっていきます。あまりいじめても嫌われても困りますしね。
「では、私はこれで」
軽く一礼して立ち去ろうとした私をさんは呼び止めました。
「あの!ハヤテさん、もし良かったら明日、お昼ご一緒にいかがですか?」
「え・・・?」
「今日のお礼に・・・。あ、もしかしてお休みですか?」
「いいえ、明日は午後から待機ですから。さんさえ良ければ・・・ゴホ」
「じゃ、お昼休みに『人生色々』へ行きましょうか、あたし?」
私は一瞬考えました。さんが『人生色々』に来たとしたら・・・余計なお邪魔虫がくっついてくるかもしれません。
「いえ、私の方がお迎えにいきますよ」
「はいっ!じゃ、また明日」
さんの明るい声に見送られて、私は帰路についたのでした。


「ねぇねぇ、ちゃん!お昼ゴハン、食べに行こうよ〜
「あ、あのカカシ先生、今日はですね、ちょっと約束が・・・」
「・・・ゴホゴホ」
「あ、ハヤテさん!」
予想通り、というか・・・予想以上の展開ですね、ゴホゴホ。まさか、受付所にまで現れるとは。
「今日はハヤテさんと約束してたんです!じゃ、カカシ先生また今度!」
ちゃーんっ?!」
え、と私が思う前に、さんは私の手をグイと掴むと走り出しました。
「ちょっ・・・!?」
「ハヤテさん、はやく逃げましょう!」
さんは楽しそうに笑うと、外へと駆け出しました。後ろから、カカシさんの声が聞こえてきますが・・・。
後でひと悶着ありそうですが、私はなんだかとても楽しい気分になって、さんと一緒に駆け出したのでした。
つながれたその手はとても温かで、とても柔らかく・・・強く握れば壊れてしまいそうで。
――私の手は血で汚れている。
突然、私は思い出したのです。この手は・・・任務とはいえ、たくさんの人々の命を奪ってきたということを・・・。
「ハヤテさん・・・?」
立ち止まった私を怪訝そうな顔でさんが見ています。私はそっと握られた手を離しました。
「私の手は・・・」
さんと手をつなぐ資格など、私にはない・・・。
「ハヤテさんの手、大きいですね」
「え?」
さんは、私が離した手を再び取り、両手で優しく包み込んでくれました。そして、穏やかな笑みを浮かべました。
「父の手を思い出します」
「・・・」
「父の手はとっても大きくて、あたしの手をすっぽり包み込んでくれるんです。
 それがなんだかとっても安心できて・・・。父と手をつなぐのが大好きでした・・・」
さんは穏やかな、懐かしいものを見つけたような表情で、つないだ手を見つめていました。
さん・・・」
さんのご両親はお二方とも忍びで、任務の最中に命を落とされたそうです。
「だから・・・あたし、ハヤテさんと手をつなぐの、好きです」
「・・・」
「ハヤテさんは、あたしと手をつなぐのはイヤですか?」
「そんな嫌だなんて・・・!」
あわてて否定した私を、さんはクスクス笑いました。
「じゃ、早くゴハン食べに行きましょう!あたし、おなかペコペコなんです!」
「・・・ええ、そうですね」
さんが差し出したその手を、私はそっと握り締めました。


差し出されるその手を独り占めしたい――そう思うのは私のわがままですか?
いつかこの気持ちをあなたに告げることにしましょう。
今しばらくはこのままで・・・。




【あとがき】
一年以上経過してようやく登場の受付嬢ヒロインです・・・(^^;)
今回のお相手はハヤテさんです。一人称って難しいなー。
どうにも甘い雰囲気にならないのはどうしてなのでしょう?(汗)
そして、次のお相手はだれ・・・?

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2005年9月2日