伸ばしたその手の先には?
「先生っ!外へでてもいいでしょう?」
「・・・」
「先生ってば!」
「風邪をこじらせたらどうする?」
「咳ならもう治りました!」
ここ数日、は咳が止まらず、リズヴァーンに外へ出ることを禁じられていたのだ。
リズヴァーンとふたりで暮らす庵の外は一面の銀世界――真っ白な雪がを呼んでいるというのに。
は雪遊びがしてみたくてたまらなかったのだが、リズヴァーンに外出を禁止され、内心ちょっとむくれていたのだ。けれど、それを抗議すると『冬の間は山を降りなさい』と言われてしまうので、おとなしく室内で過ごしていたのだが、それももう限界だ。
「暖かくして行きますから、いいでしょう?」
「・・・・・・」
ついにリズヴァーンは根負けし、渋々外出を許可した。
「なるべく早く戻ってきなさい」
「ハーイ!」
あの調子ではなかなか戻ってはこないだろう、とリズヴァーンは思った。
この鞍馬の庵でと暮らし始めて初めての冬、に『冬の間は山を降りて、九郎か景時の邸に世話になりなさい』と言ったのだが、は頑として頷かなかった。リズヴァーンがいくら冬山での暮らしは厳しいのだと諭してみても駄目だった。
『嫌です』
『そうは言っても、この山での暮らしはお前には厳しすぎる』
『平気です』
『・・・』
『だって・・・先生が・・・』
『私が、なんだ?』
『・・・またわたしを置いて、どこかへ行ってしまいそうな気がするんです』
だから離れませんと言いながら、両手をギュッと握り締め不安げな瞳をしているをリズヴァーンは思わず抱き寄せていた。
『お前を置いて、私がどこへ行くというのだ?』
『本当に・・・?』
『ああ、約束しよう』
はようやくホッとしたような笑みを見せた。
小一時間ほど経っただろうか・・・?はまだ戻ってこない。
リズヴァーンはひとつため息をつき、を迎えにいくために立ち上がった。
庵の外は雪がかなり積もっていたが、晴天で風もなく、吹雪いていた昨日までに比べれば暖かいとさえ言えそうな天候だ。
真っ白な雪の上に残された小さな足跡をたどる。
「」
「あ、先生!」
嬉しそうな声をあげて、がこちらを振り返った。そして、自慢げに言う。
「先生、見てください!すごいでしょ?!」
が指差したのは雪だるま――それほど大きくはないが、数が多い。数えてみると五つある。
「いったい、いくつ作るつもりだ?」
子供のようにはしゃいでいるにリズヴァーンは柔らかな笑みを浮かべた。
「もっと作りますよ〜!八葉のみんなの分と、あと白龍と朔の分も作るつもりなんです」
「雪だるまもいいが、そろそろ家に戻りなさい」
「えー!?ダメです!だって、まだ半分しか・・・」
リズヴァーンの大きな手がスッと伸びてきての頬をそっと包んだ。
「えっ・・・?せ、せんせ・・・?!」
驚いて慌てているをクスリと笑い、リズヴァーンはそっとくちびるを重ねた。
「っ?!」
「・・・やはり冷えている」
「な、なんて確かめ方をするんですか!?」
カァッと頬に血が昇って真っ赤になったが抗議してみせるが、もとよりリズヴァーンに敵うはずもなく。
「これ以上外にいるというのなら、抱き上げてでも庵に連れ戻すが?」
「だ、だめです!自分で歩いて帰りますっ」
リズヴァーンに抱き上げられて帰るなんて、想像しただけで心臓がドキドキして壊れてしまいそうだ。
リズヴァーンに普通の恋人のように甘い言葉を期待するのはムダだとはずっと思っていたのだけれど、時々こんな風に不意打ちされて、自分の心臓が壊れてしまうんじゃないかと思う。
「天気は明日までもつだろう。続きはまた明日にしなさい」
「はぁ〜い、先生」
は渋々頷き、リズヴァーンと共に雪道を歩き出した。
山の中は静かで、風が木々を揺らす音しか聞こえてこない。
「?」
「はい?なんですか、先生?」
「お前はいつまで『先生』と呼ぶつもりだ?」
「えっ・・・?!そ、それはですね・・・」
自身、何度かチャレンジしてみたのである。その度に失敗したのだけれど・・・。
もうずっと『先生』と呼んでいるので、咄嗟にそう呼んでしまうのである。確かに以前は(今も)師弟関係ではあるが、今はそれに加えて恋人となっているのである。堂々と名前を呼んでいいのだが、照れくささがつい先にたってしまう。
「?」
そう言えば、リズヴァーンはいつから『』と呼ぶようになったのだろう?気づいたときには名を呼ばれていて、ひどく照れくさかったけれど、愛しい人から自分の名を呼ばれるのはすごく嬉しかった。
先生も嬉しいと思ってくれる・・・?
「あ、あの・・・リズヴァーン・・・先生・・・」
「『先生』は余計だろう」
ククッとリズヴァーンが楽しげに笑った。真っ赤になって照れているが可愛くて、つい笑ってしまったのだ。
「じゃ、これからは『リズヴァーン』って呼びますからっ!」
リズヴァーンがつい笑ってしまったので、は拗ねてしまったのだろう。そう言い放つと、どんどんひとりで先に歩いていこうとする。
「そう怒るな」
「怒ってません!」
リズヴァーンは手を伸ばして、の手を取った。
「こんなに冷たくなって・・・。庵に戻ったら、何か温かい物でも飲もう」
「・・・はい」
自分の手をそっと包むリズヴァーンの手はとても大きくて、こうして手をつないでいるととても安心できるのだ。はもう一方の手も、つながれた手の上に重ねた。
「せん・・・リズヴァーンの手、とってもあったかい・・・」
「そうか」
サクサクと雪を踏みしめながら、ふたりは家路をたどった。
思い出だけを友に生きていく――今となってはそんな自分の決意がいかに愚かだったかと思う。
伸ばしたこの手の先に愛しい人がいる。それはめまいがしそうなほどの幸せ・・・。
お前という楽園を知ってしまった今、私はもうお前を手離すことなどできはしない。
【あとがき】
ネオロマ企画投稿作品。
「遥かなる時空の中で3」で一番好きなお話がリズ先生です。
最初「リズ先生」って聞いたときに「英会話の先生でも登場するの?」(さらに女性と勘違い)していました・・・。
リズ先生、ゴメンなさい(笑)
ちなみにリズヴァーンという名前には「楽園」という意味があるそうです。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年6月16日