運命の輪




なぜだ・・・?

なぜ、いつもお前は私の腕の中で死んでいく・・・?
「神子・・・っ」
矢の突き刺さった胸元から赤い血がドクドクと溢れて、リズヴァーンの手を濡らしていく。
腕の中のの身体がどんどん冷たくなっていく――何度、この恐怖を味わえば自分は許されるのだ?
「私をおいて逝くな!」
「・・・先生?」
「っ!?」
「リズ先生、大丈夫ですか?なんだか、うなされていたみたいでしたけど」
部屋は蒼い月の光で満たされていた。
今夜、と八葉たちは勝浦に宿を取っていた。ヒノエの紹介で泊まることになった宿は大きく、それぞれに部屋があてがわれ、久しぶりに皆がくつろいでいた。
リズヴァーンも与えられていた部屋で休息をとっていたのだが、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
そして、いつも見る悪夢にうなされたのだ。
「なぜ、ここにいる?お前の部屋は隣だろう」
心配げにこちらを覗きこんでいるにホッとしたような気持ちになりながら、リズヴァーンは尋ねた。
「なんだか眠れなくて・・・。そうしたら、先生の苦しそうな声が聞こえてきたので気になって」
「そうか・・・」
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。お前もやすみなさい」
に気取られるわけにはいかなかった。彼女の辿る運命を知らせるわけにはいかなかった。
「ええ・・・」
まだは心配そうな表情をしていたが、静かに立ち上がると部屋を出て行こうとした。
「待ちなさい、神子」
「ハイ?」
「どこへ行く?そちらはお前の部屋ではないだろう」
「眠れないので散歩にでも行こうかと思って」
「こんな時間にか?」
皆はもう眠っているのだろう。シンと静まり返っている。
「今夜はお月様がキレイですよ。先生も一緒にどうですか?」
自分が断ったとしても、はひとりで散歩に行くだろう。こんな夜更けにをひとりにはしたくなかった。
それに、このままもう一度眠りについたなら、ふたたびあの悪夢を見てしまいそうな気がした。
「・・・いいだろう」
リズヴァーンが承諾するとは思っていなかったのだろう。は驚いた顔をして、次いで嬉しそうな笑みを浮かべた。


「静かですね」
「ああ」
ザザーッ、と波の押し寄せる音しか聞こえてこない。
蒼い月光の中、ふたりは波打ち際を歩いていく。頬を撫でる潮風が心地よかった。
は靴を脱いで、足首まで水に浸かってはしゃいでいる。
「神子、転ぶぞ」
「大丈夫ですよ〜!」
こんな風にはしゃいでいるを見るのは久しぶりだとリズヴァーンは思った。
いきなりこの世界に召喚され、『源氏の神子』と呼ばれ・・・。
時の巡りのなかでに出会い、自分自身を守れるようにとリズヴァーンはに剣を教えた。
それが良かったのか、悪かったのか・・・。未だにその答えはわからない。
「先生!月の光が道みたいに見えません?このまま渡っていけそう」
のはしゃいだ声に顔をあげる。
今夜は満月で、海面に映った月の光が一筋の道のように見えた。
「美しいな」
この美しい光の道は、どこへと続いているのだろうか。こんな道の先には、自分の求める平穏な世界があるのかもしれない。
リズヴァーンはそんなことを思いながら、静かに海を見つめていた。
パシャ!
水音をたてながら、が光の道を歩いていこうとする。もちろん歩けるわけはないのだが、リズヴァーンにはがその道を通ってどこかへ行ってしまいそうな気がした。
「待ちなさい、神子・・・!」
「え?」
足元が濡れるのもかまわず、リズヴァーンはの腕をつかみ、その身体を自分の腕の中へ引き寄せた。
「せ、先生?!」
「・・・どこへも行くな」
「先生・・・?」
いきなり抱き寄せられて驚いただったが、リズヴァーンのどこか苦しげな声に胸が締めつけられるような気がした。
「どこへも行くな、神子・・・」
「・・・どこへも行きません」
はそっと腕を伸ばして、リズヴァーンの背を抱きしめた。大きなその胸に頭をもたせかける。
「わたしはずっと先生のそばにいます」
「神子・・・」
リズヴァーンはもう一度を抱きしめた。


どれくらい、そうしていたのだろうか・・・。
リズヴァーンは腕をゆるめて、から離れた。
「すまなかった、神子・・・。お前はもう宿に戻ってやすみなさい」
「でも、先生・・・」
「しばらく、ひとりにしておいて欲しい」
「わかりました・・・」
は何度もリズヴァーンを振り返りながら、宿屋へと戻っていった。そんなの姿を見送っていたリズヴァーンだったが、ふたたび海へと向き直った。
「・・・・・・」
感情のままに行動するなど、自分らしくないと思った。だが、どうしても抱きしめずにはいられなかった。
抱きしめて、そのぬくもりを確かめずにはいられなかった。
・・・」
リズヴァーンはのぬくもりの残る手を固く握り締めた。


このぬくもりを守るためなら、自分はどんなことだってする。
のためなら、何度でも時空を超えてみせよう。何度でも、運命を上書きしよう。
そして、お前が生きる運命を見つけだそう。

――お前が生きていること。それだけが私の願い。




【あとがき】
む、無理だ・・・(滝汗)
リズ先生大好きなんですが、いざ書くとなると難しいーッ!
なんてゆーか、甘さ皆無・・・(笑)
リズ先生で甘いお話を書くのが夢です・・・(汗)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2005年7月24日