雨宿り
「げ・・・降ってきやがった!」
鉛色の雲が垂れこめていた空は、まるで我慢しきれなくなったかのように泣き出した。乾いていたアスファルトがあっという間に水浸しになる。
綾川竜士はバシャバシャと派手な水音を立てながら走り、なんとかコンビニの軒先に滑り込んだ。
「あー、冷てぇ・・・」
ここはちょうど学校と駅の中間にあるコンビニだ。学校に戻るのも、駅まで走るのも、どちらにしてもびしょ濡れにならずにはいられない距離だった。
「今日に限って、誰もいねぇんだもんな」
あまり効果がないかもと思いつつ、プルプルと頭を振って、染み込んでしまう前にと制服についた水滴を払う。いつもなら誰かしら一緒に帰っているのだが、今日はやれ部活だやれ委員会だと、めずらしく竜士はひとりで帰宅していた。
学校を出るときから鉛色の空が気になっていたのだが、傘は持っていなかったし、もちろん置き傘もしていない。家に帰り着くまでなんとか降らずにいてくれればと思ったのだが、期待は裏切られたようだ。
目の前の通りには、竜士と同じ制服を着た生徒たちが色とりどりの傘の花を咲かせている。竜士は、降りつづける雨と人の流れをぼんやりと見つめていた。
早く止まねぇかな?それか、誰か知ってるヤツが通れば・・・
そう思ったとき、ふと一人の女子生徒の顔が浮かんだ。彼女は最近になって転校してきたのだ。
「なっ・・・!?」
竜士は慌てて自分の口を手でふさいだ。きっと今、自分の顔は赤くなっているに違いない。
なんで、アイツの顔なんか浮かぶんだよ?!
脳裏に浮かんだ面影を消し去ろうとでもいうのか、竜士はブンブンと頭を振った。それと一緒に水滴も飛ぶ。
「あの・・・綾川くん・・・?」
「うわぁっ?!」
「っ!?」
驚いた表情でこちらを見つめているのは、竜士が今まさに思い浮かべていた人物だった。どうやら彼女はちゃんと傘を持っていたようで、可愛らしいピンクの傘を差している。
「な、なんだ、かよ」
「ごめんね?急に声かけたからビックリさせちゃったみたいで」
「あ?いや、俺もちょっとボーっとしてたからさ」
「あーあ、びしょ濡れだよ。傘、持ってこなかったの?」
は慌ててポケットからハンカチを取り出すと、雨に濡れた竜士の髪を拭いはじめた。ふたりの距離が近づいて、竜士はドキリとする。
「じ、自分でできるって・・・!」
照れくささが先に立ち、ついぶっきらぼうな言い方になってしまう。しかし、はそんな竜士の言い方を気にした様子もなく、にっこり笑って「はい、どうぞ」と自分のハンカチを竜士に差し出した。
「お、おう・・・サンキュ」
竜士が借りたハンカチで水滴を拭っていると、は自分の傘を畳んで、竜士の隣に並んでコンビニの軒先の下に立った。
「よく降るね」
「ああ、駅に行くまでもつかと思ったんだけどな。予想がハズレた」
「天気予報もくもりだったもんね。でも、向こうの方が明るいから、
そろそろ止むんじゃないかな?」
「だといいけど」
の指差した方を見ると、かすかに空が明るくなってきていた。
「悪ぃ、ハンカチ、びしょ濡れにしちまった」
「いいよ、気にしないで」
水滴を吸ってしっとりと湿ってしまったハンカチを申し訳なさそうに差し出した竜士に、はクスッと笑って、ハンカチを受け取った。
「なんだよ?」
「なんでもないよ」
言い方が乱暴だったりぶっきらぼうだったりする竜士だが、本当は優しくて、意外に気を使うタイプだということをは知っていた。
「雨止むまでまだ時間かかりそうだね。
綾川くん、駅まで一緒に入っていく?」
「えっ・・・」
にしてみれば、友達が雨に降られて困っているからという理由での申し出なのだろう。けれど、竜士は自分の頬が赤くなっていくのを感じた。
「なに?どうしたの?」
は畳んであった傘を開こうとしている。竜士が一緒に帰るものだと思っているらしい。竜士は耳まで赤くなっていた。それをに気づかれたくなくて、わざとぶっきらぼうに答える。
「・・・しょうがねぇから入ってやるよ」
「じゃ、帰ろ」
はにっこり微笑んで傘をさした。
折りたたみのその傘は、どうやらふたりで入るには小さいらしかった。
「綾川くん、もっとこっちに寄らないと濡れちゃうよ」
「お、おう」
肩が触れ合いそうなくらい近いふたりの距離――恥ずかしくて顔を見ることすらできない。隣ではがそんな竜士の様子に気づくこともなく、今日学校であったことを楽しげに話している。
ドキドキしてんのは俺だけかよ・・・!?
そう思うとちょっと悔しいような気がしてしまう。の性格なら、それが竜士でなくても、困っているのが友達だったら自分の傘に入るように誘うのだろう。
けど、こういうヤツだから、俺はコイツのことを・・・。
竜士は深く息を吸って、そっと吐いた。
――なんで気づかなかったんだろう?もうとっくに恋に落ちてた。
ストン、と納まるべきものがそれにふさわしい場所に納まった気がして、なんだか妙に気分がすっきりした。
「綾川くん、どうしたの?」
竜士は自分でも気づかないうちに微笑んでいたらしい。が不思議そうな顔をして自分を見上げていた。
「なにかいいコトあったみたいな顔してる」
「ん?別になんでもねぇーよ。ほら、早く帰ろうぜ」
雨はキライだ。
濡れた服が肌にベタベタ貼りついて気持ち悪いし、せっかくキメた髪型だって崩れてしまう。靴の中にまで水が浸みこんで、ぐちゃぐちゃとイヤな音を立てている。
でも――キミとひとつの傘をはんぶんこにできるなら、雨の日も悪くない。
【あとがき】
需要はないだろうな〜と思いながら書いた弟くんです。
最近、結構お気に入りなのですよ。でも、一番は先生ですけどね。
ニコニコ動画の「メルト3MMIX(男性版)」の曲のイメージから
書かせていただきました。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2009年4月12日