七 夕




「あ〜、つまんない」
は縁側に腰掛けながら夕暮れの空を見上げ、ぽつりと呟いた。
ここはの家ではない。の住まいはこの近くのアパートだ。
けれど、もしかしたら自分のアパートよりも、この家で過ごす時間の方が多いかもしれなかった。
ここはの恋人、はたけカカシの家である。一年前の今日まではただの幼馴染だったふたり・・・。
一年前の今日、は思い切ってカカシに告白したのだ。それも玉砕覚悟で。
幼馴染のままでいれば、ずっとカカシのそばにいられる。けれど・・・は幼馴染以上の関係になりたいと思ったのだった。
幸いにもの想いはカカシに届き、ふたりは恋人同士となったのだった。
そして今日――ふたりがつきあいはじめて、1年目の記念日だった。
ともに木の葉の忍びであるふたりは多忙で、なかなかふたりで過ごす時間をとるのが難しい。
ほんの少しでも一緒に過ごすために、は頻繁にカカシの家を訪れていた。約束のできないふたりが、一番逢える確率が高いのがカカシの家なのだった。

逢いたい・・・。

そう思っていても、口には出せないだった。
カカシと同じく里の上忍であるは、カカシにとって『任務』がどれだけ重要なものか、わかりすぎるくらいにわかっていた。
けれど、もし自分がカカシに『逢いたい』といえば、カカシは都合のつく限り、逢いにきてくれるだろう。
――は、カカシの負担にはなりたくなかった。
誕生日だってクリスマスだって、本当は一緒に過ごしたかった。つきあい始めて1年めの今日だって・・・。
「カカシ、逢いたいよ・・・」
ポツリとはつぶやいた。
「呼んだ?」
「・・・っ?!」
が驚いて振り返ると、そこには忍服姿のカカシが立っていた。
「カカシ?!」
「ただいま〜」
「お、お帰りなさい!」
ニコニコ顔で立っているカカシに驚きながらも、は笑顔を浮かべた。
「今日は帰ってこれないって言ってたのに・・・」
「ん?ああ、思ったよりも早く任務が終わったんだ」
カカシはそう言うと、に紙袋を差し出した。
「なぁに?」
におみやげ。ってゆーか、これに着替えてきて」
「着替えるって・・・?」
「いいから、いいから!ね
が紙袋の中をのぞいてみると、そこには女物の浴衣が一揃い入っていた。
濃紺の布地に桔梗の花が描かれていて、大人っぽい模様の浴衣だった。
「これ・・・?」
「あ、シャワー浴びてから着替える?オレ、受付所で風呂入ってきたからさ」
「え?え?」
あれよあれよという間にカカシに背を押され、は浴室へと追いやられていた。
「もう、なんなのよ・・・」
は首をかしげながらもシャワーを浴び、カカシに渡された浴衣を身につける。サイズはあつらえたようにピッタリで、帯や腰紐なども一式用意されていた。
濡れ髪を結い上げて、慌てて浴室を出てみると、カカシは縁側に面した和室に居た。夜空を見上げながら、のんびりと缶ビールを飲んでいる。
「カカシ・・・?」
「あ!サイズどうだった?」
「うん、ピッタリ・・・」
「そっか。良かった
そう言って笑ったカカシも同じく浴衣を着ていた。去年、がカカシに用意してやったものだった。
「じゃ、メシにしよ。ささ、座って座って」
とまどうを縁側に座らせ、カカシは上機嫌な様子で奥の台所へと行ったかと思うと、料理ののった盆を手に戻ってきた。
「できあいの物ばっかりで悪いんだけどさ」
に缶ビールを渡すと、自分も隣に腰掛ける。とまどいながらもはそれを受け取った。
「じゃ、カンパーイ!」
「か、乾杯・・・」
よく冷えたビールが乾いたのどを潤していく。ようやく一息ついたは、カカシに尋ねた。
「どうしたの、急に・・・?こんな浴衣まで・・・」
「だって、去年はが用意してくれたデショ。だから、今年はオレが用意したの」
そう言って、カカシはにっこりと微笑んだ。驚いた表情のに、カカシはちょっと困ったような笑みを浮かべた。
「オレだってね、ちゃんと覚えてるの!」
「でも・・・だって・・・」
「ホントは誕生日だって、クリスマスだって、ちゃんと覚えてたよ。でも、任務が入っちゃってさ」
「それはわかって・・・」
「うん、はわかってくれてると思うよ」
カカシはビールの缶を置き、のほうへ向き直った。
は、オレに『逢いたい』って言わないよね?」
「・・・」
は思わず、キュとくちびるを噛み締めた。
「もしかしたら、は、オレがに逢いたいって思うほど、オレに逢いたいと思ってないのかなー、って
 ちょっと思ってた」
「そんな・・?!」
慌てて反論しようとしたに、カカシはクスと柔らかな微笑を浮かべた。
がオレに気を使って『逢いたい』って言わないのはわかってる。でもね・・・」
「でも?」
「さっき、が『逢いたい』って言ってるのが聞こえて、すごく嬉しかったんだ」
「っ?!」
の頬がみるみる赤くなっていく。
さっきの独り言、聞かれてたの・・・?!
恥ずかしさのあまり、うつむいてしまったの頬へカカシの手が添えられて、そっと上を向かせる。
「オレはに毎日逢いたいと思ってる。織姫と彦星みたいに年に1回なんてガマンできないし」
そう言って、カカシはクスリと笑って夜空を見上げた。つられて、も夜空を見上げる。
夜空に輝く――紺色のビロードのうえにダイヤをちりばめたような――天の川。
すっきりと晴れた今夜の空なら、織姫と彦星も逢瀬を楽しんでいるだろう。
「綺麗だな・・・」
「うん」
「来年も晴れるとイイね」
「そうね。雨が降ったら、ふたりは逢えないんだもの・・・」
どこか沈んだような声では答えた。思うように逢えない自分たちに、織姫と彦星を重ねたのかもしれない。
「いや、そうでもないみたいだよ」
「え?」
「雨が降ると、どこからかかささぎが飛んできて、ふたりのために翼を広げて橋を作ってくれるんだって」
「・・・じゃ、ふたりはその橋を渡って逢うことができるの?」
「そ。だから、ま、雨が降っても逢えないワケじゃない」
「そうなんだ。良かった・・・」
ほっとしたように笑みを浮かべたに、カカシも微笑み返した。
「あのさ、・・・」
「なに?」
カカシはちょっと照れくさそうに頭を掻いて、もじもじしている。こんなカカシを見るのは初めてだった。
「カカシったら、どうかした?」
「いや、その・・・」
「?」
きょとんとこちらを見つめているの視線に、カカシはさらに困ったような表情になっていく。
「何なの?何か言いたいことでもあるの?」
「・・・引っ越してこない?」
「え?」
「だから・・・ウチに引っ越してこない?」
と目が合うのが恥ずかしいのか、カカシはちょっと視線を外してぽつりと言った。
がウチに引っ越してきてくれたら、今よりも一緒にいる時間が増えると思うんだ・・・」
「カカシ・・・」
驚いたような表情でこちらを見ているに気づくと、カカシはさらに恥ずかしそうな表情になる。
「もちろんがよければ、だけど・・・。どうかな?」
「・・・ありがと。嬉しい」
がそう答えると、パァッとカカシの表情が明るくなった。
「ホントに?!」
「うん」
顔を見合わせて、ふたりして照れくさそうな笑みを浮かべる。

どちらからともなくそっと手を繋ぎ、ふたりは指を絡ませた。
もう二度と離れないとでもいうように・・・。


――ふたりを見守っているのは、夜空に輝く天の川。
天の神々もふたりを祝福しているようだった・・・。




【あとがき】
某さまのサイト開設2周年のお祝いの捧げモノ(押し付け?)でございます。
久しぶりのカカシ先生がよくわからず・・・(汗)
2年目で一緒に住み始めたということは、3年目にはどうなっているんでしょうね?(笑)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2005年7月5日