愛故に。




「なにボーッとしてるの?授業、とっくに終わったよ」
「えっ?!」
ぼんやりと教室の窓から空を眺めていたは、クラスメイトに声をかけられ、ようやく授業が終わったことに気づいた。まわりのクラスメイトに習って、あわてて机の上を片付け始める。
「最近どうしちゃったの、ったら?」
「・・・別にどうもしないよ」
「だって、なんだか元気ないし、ぼんやりしてることが多いし・・・」
心配げな表情の友人たちに、は無理やり笑みを浮かべてみせた。
「大丈夫、大丈夫!なんでもないってば。そんなに心配しないで。ね?」
「じゃあさ、久しぶりにケーキでも食べに行かない?
 ってば、最近付き合い悪いんだもん」
「ゴメン・・・。今日はちょっと用事があるんだ。また今度誘って」
「わかった。今度はぜったい付き合ってもらうからね?」
「うん。じゃあね!」
友人達に手を振って教室を出たは、深いため息をついた。

――あたしはまだ忘れられないでいる。

いきなり『京』という異世界へ召還され、『龍神の神子』と呼ばれた。八葉の皆と出会い、京を守るべく鬼の一族と戦った日々・・・。
四神を解放し京に平穏を取り戻してこの世界に帰ってきたはずなのに、の心は晴れぬままだった。
見上げた空は鉛色で、いまにも泣き出しそうな空模様だった。それがいっそうの心を重くする・・・。
『そなたに逢うときは、いつも雨だな・・・』
京という異世界で偶然出逢ったひと――多季史――彼と初めて出逢ったのは一条戻橋だったろうか。
雨に打たれてひとり佇んでいる彼が寂しげに思えて、思わず薄衣をさしだしていた。
今になってみれば、彼が寂しげな様子でいた理由もよくわかる。だからといって、この胸の痛みが薄らぐわけではなかったけれど・・・。
ポツリ。
「雨・・・?」
家に帰るまでもたなかったらしい。傘を持っていなかったは、とっさに近くの児童公園の東屋に駆け込んでいた。
「止みそうにないなぁ・・・」
――しとしとと静かな雨が降り注ぐ。
以前はそうでもなかったのに、今は雨の日がキライだ。降る雨を見ていると、なんだか胸の奥が苦しくなってくるから。
周りの友人だけでなく、天真や詩紋に心配をかけているのもよくわかっている。『京』へ行ってからも、そしてこちらに帰ってからも、ふたりには心配をかけてばかりだ。
ごめんね。でも、ダメなんだ・・・。
天真と詩紋に会うと、どうしてもあちらのことを思い出してしまう。だから、ついふたりを避けてしまう。
ふたりにもそれがわかっているようで、学校ですれ違っても話しかけることはなく、軽く手を振って通り過ぎてしまう。ふたりに気を使わせてしまって申し訳ない気持ちになるのだが、はもう少し時間が欲しかった。
「でも、もう終わりにしないとね・・・」
は溢れてくる涙をこらえようとはしなかった。白い頬を涙が伝い落ちていく。


どれくらいそうしていただろうか・・・?
雨は幾分小降りになっていたが、止んではいなかった。
はハンカチで涙をぬぐうと、深く息を吸い込んだ。
「帰ろ・・・」
傘は持っていないけれど、雨がこの涙を隠してくれる。
――深く息を吸って、駆けだそうとしたその時。
「・・・濡れるぞ」
「え?」
パッと差し出された傘が雨をさえぎる。は恐る恐る傘を差し出した人物を振り返った。
期待してはいけない、そう自分に言い聞かせて・・・。
「・・・どう・・・し・・・て・・・・・・?」
「もう一度、そなたに逢いたかった」
「・・・すえ・・・ふみ・・・さん・・・っ」
穏やかな微笑を浮かべてそこに立っていたのは、遠い世界で別れてしまった人・・・。ずっと一緒にいたいと願ったのに、自ら離れることしかできなかった人・・・。
「そなたの浄化の光に包まれたとき、
 私はもう一度そなたに逢いたいと願った・・・。
 その願いが叶うとは思っていなかったけれど」
「季史さん・・・」
ポロポロと大粒の涙がの瞳から零れ落ちる。季史は少し困ったように微笑んで、そっと指先でそれを拭う。
「そなたを泣かせるつもりはなかったのだが・・・」
「これは嬉し涙だから・・・」
「そうか」
季史に微笑みかけられ、泣き顔が急に恥ずかしくなって、はうつむいた。
「送っていこう」
「え・・・?」
季史に手を取られ、は思わず顔をあげた。
「あれからそなたがどうしていたのか教えてほしい。
 それから――」
「それから?」
「これからのことを話そう。
 そなたにも私にも、時間はたっぷりあるのだから・・・」
季史は穏やかな笑みを浮かべた。


――雨はまだ降りつづけている。




【あとがき】
ネオロマ企画投稿作品。
 『舞一夜』で季史さん現代エンド(というのかな?)を迎えたのですが、
  ちょっと物足りなくありませんでしたかー?!
 そういうわけで脳内補完してみました(笑)
 書き上げるのに1年かかった大作(?)でした。

 最後まで読んでいただいてありがとうございました。
  2007年9月23日