Give Me Your... 前編
「ハァ・・・」
いい加減、アスマは苛々していた。
「ふぅ・・・」
「テメェ、カカシ!さっきからため息ばっかりついて、うっとおしいんだよ!」
ここは人生色々、ある日の午後、アスマとカカシは待機中だった。プカプカとタバコをふかすアスマの隣で、カカシはずっとため息をつき続けていたのである。
「そんなこと言ったってさ・・・」
「ああもうっ!辛気臭いったらありゃしねぇ」
「ちょっとちょっと!何騒いでるのよ、アスマったら」
現れたのは上忍の夕日紅。手に報告書を持っているところをみると、ここで書き上げるつもりでやってきたのだろう。
「べつに騒いじゃいねぇよ。ただ、カカシの奴がさっきからため息ばっかりつきやがって、
うっとおしいったらありゃしねぇ」
「なんだよー、アスマ。ヒトが悩んでるってのにさぁ」
ヤレヤレと思いつつ、紅も二人のそばの椅子に腰掛けた。
「どうしたのよ、カカシったら?何悩んでるの?」
「・・・あのさー、女のコ・・・いや、女のヒトってさ、プレゼントもらったら嬉しくないの?」
「そりゃ嬉しいんじゃない?」
「でもさー、全然っ喜んでくれないんだよねぇ・・・」
そう言って、カカシはまた深いため息をついた。紅とアスマは顔を見合わせた。
「なんだ、オマエが最近つきあってるってオンナの話か」
「で、何をプレゼントしたの?」
「○○○のバッグとか、▲▲のアクセサリーとか、×××の香水とか・・・」
カカシが名前をあげたのはどれも有名ブランドのもので、普通の女性なら確実に喜ぶと思われる品物ばかりだった。
「わたしだったら、すごく嬉しいけどね。その彼女は喜んでくれないの?」
「うん・・・。受け取ってもくれないんだよね。『欲しかったら自分で買う』って言ってさ」
ヒュウ、とアスマが口笛を吹いた。
「オマエにしちゃ、めずらしくマトモな女と付き合ってるんだな」
「ウルサイ」
確かにアスマの言う通り、いままで付き合ってきた女たちなら、皆が皆喜ぶだろうプレゼントばかりだ。
カカシもそう思って、にプレゼントしているのだが、どれもこれもつき返される始末・・・。
とは、恋人と言えるような言えないような中途半端な関係になっていた。
あの日に告白し、半ば強引に関係を始めてしまったカカシだが、いまだから『好き』という言葉を聞けずにいたのだ。
以前と同じように、二人で食事にも行くし、を自宅まで送り届けたりもする。
時間が早ければ、の家でコーヒーをごちそうになったりもする。
しかし・・・それだけなのだ。
あの日以来、に触れたことはなかった。もし、触れて嫌がられたら?嫌われたら?
が好きすぎて、大切すぎて、嫌われるのが怖くて、一歩踏み込めないでいる。
――こんな気持ちになったのは、初めてだった。
『来るもの拒まず、去るもの追わず』がモットーのような自分だったのに、以外の女は欲しくないし、を失いたくないと思う自分が居る。
こんなにも一人の女に夢中になっている自分が、カカシは嫌いではなかった。
にプレゼントを贈りつづけているのも、すこしでもが自分のことを好きになってくれればいいという、ささやかな願いからなのだった。
「確かにカカシの選んだプレゼントって、大抵の女だったら喜ぶと思うけど、
肝心なのは、そのヒトでしょ?そのヒトが喜んでくれそうなものをプレゼントしなきゃ」
「サンが喜んでくれそうなもの・・・?」
うーん、とカカシはまた考え込んでしまった。そんなカカシの様子を見て、アスマと紅は顔を見合わせた。
「今回は本気らしいな・・・」
「そうみたいねぇ・・・」
「じゃ、今日の任務は完了。帰るぞ、オマエら」
空はすでにオレンジ色に染まっていた。今日の第七班の任務は子守だった。
なんでもこの辺りで陶器やガラス細工の市が開かれるとかで、両親が商売をしている間、その子供たちの面倒を見るという任務だった。
彼らの商売はかなり順調だったらしく、手持ちの商品がなくなり、予想よりも早く引き上げてきたのだ。
「ねぇねぇ、カカシ先生!ちょっと市に寄ってみてもいいでしょう?」
サクラが期待を込めた視線でカカシを見上げている。予定よりも早く任務が終わったことだし、とまだまだ賑やかさの残る市の中を通って、里に帰ることにした。
「ま、あんまり遅くなってもアレだから、ほどほどにね」
「ハーイッ!!」
「あ、サクラちゃん、待ってってばー!」
サクラの後を追って、ナルトが駆け出していく。一方サスケはというと、別段興味もナシといった感じで歩いている。
カカシはそんな部下達の様子を見守りながら、自分も出店を冷やかしつつ歩いていた。
チリン、チリーン――どこからか聞こえてきたのは、涼しげな風鈴の音。
夏も終わりに近づいたとはいえ、まだまだ残暑の厳しいこの時期、涼しげな風鈴の音にカカシは心魅かれた。
「いらっしゃい、お兄さん!」
「それって、風鈴?」
「お目が高いねぇ、お兄さん!ウチで一番売れてる商品だよ。本当は風鈴じゃないんだけど、
いい音がするでしょ」
「ああ、涼しそうだね」
カカシの目に留まったのは、モビールだった。青いガラスでできたモチーフをいくつか組み合わせてゆらりゆらりと風に揺れている。ガラスのモチーフ同士が触れ合った時に、チリンチリンと涼しげな音がしている。
これなら、も気に入ってくれるかもしれない・・・。
の部屋はアイボリーの優しい色合いで統一されていて、夏の今はそれにブルーが組み合わされていた。
「じゃあ、それ下さい」
「ハイよ!」
カカシが小さな包みを脇に抱えて店を出ると、いつのまに戻ってきたのか三人の部下達が後ろに立っていた。
「カカシ先生、なに買ったんですか?」
「んー?ナイショ」
どことなくニヤけた感じのするカカシに、部下達は『キモチ悪いものを見た』という表情を浮かべていた・・・。
「あたしにお土産?」
「うん。今日は任務で行ったところでちょうど市が開かれてたんだ」
「開けてもいい?」
「もちろんv」
あの後、カカシはいつもの小料理屋でと食事をしていた。
いつもなら、カカシの差し出すプレゼントの包みを見て困ったような表情を浮かべるのが常のだったが、今回は普通の紙包みだったので開けようという気になったらしい。
「わぁ〜、綺麗!コレ、なぁに?」
が嬉しそうにカカシを見た。嬉しそうにしているを見て、カカシもなんだか楽しい気持ちになってくる。
「ガラスのモビールだよ。部屋の天井からぶら下げたらいいかな〜。
ガラス同士がぶつかると、綺麗な音がするんだ」
「へぇ〜、そうなんだぁ。ありがと、カカシくん!」
細い指先でガラスのモチーフを揺らしてみると、涼しげな音がした。
ふふふ、と微笑んでいるを見て、カカシは自分の迂闊さを呪いたい気分だった。
はどこにでも居る普通の女性だ。それでいて、どこにでも居る女性ではない。
だからこそ、自分は魅かれたというのに・・・。
だって高級そうなブランド物のバッグを持っている。でもそれは、決して『流行ってるから』だとか『皆が持っているから』という理由ではない。本当に自分が持ちたいから、持っているのだ。
本当に価値があるものを、はキチンと知っているのだ。そんなに、手当たり次第に高価なモノをプレゼントしたって喜んでくれるワケがなかったのに。
「どうしたの、カカシくん?」
少しぼんやりしていたのだろうか、がこちらを心配そうに覗きこんでいた。
「任務で疲れちゃった?ゴメンね、そろそろ帰ろうか」
「いや、そんなことないよ。ああ、でも、早めに帰って、コレ、天井につけてみる?」
「うん!」
子供みたいに無邪気に微笑むに、カカシはとてつもなく幸せな気持ちになっていた。
「ん〜、もうちょっと右?」
「ハイハイ」
いつもならもう少しゆっくりおしゃべりをしてから帰るのだけれど、今夜は早めに店から引き上げての部屋で、カカシの土産のモビールを天井からぶらさげるという作業をしていた。
「OK!ありがと〜、カカシくん」
残念ながら窓は閉めきっているが、クーラーの風を受けてゆらゆらと揺れているモビールをは嬉しそうに見上げていた。
「どういたしましてv」
「あ、アイスコーヒーでも飲む?」
「うん」
埃っぽくなってしまった手を洗ってリビングに戻ると、カチャカチャとグラス同士の触れる音を立てながら、がアイスコーヒーを運んできたところだった。
カカシの定位置ともいえるローソファに腰を下ろすと、が目の前にグラスを置いた。
「カカシくんもアイスクリーム、のせる?」
「アイスクリーム?」
「コーヒーフロートにするの。おいしいよ?」
そう言いながら、アイスクリームのカップを開けて、バニラアイスをコーヒーの上に浮かべる。
「ん〜、ちょっと甘そうかなぁ。オレはいいや」
「そぉ?」
おいしいのになぁ、とはアイスのスプーンを口に運んだ。がアイスクリームを口に運ぶたび、ピンク色の舌先がのぞいてカカシをドキリとさせる。
いまキスしたら、サンのくちびるは冷たいんだろうな・・・。きっとバニラの味がして。
触れたら、冷たかったくちびるが溶けて熱くなるんだろうか・・・?
「カカシくん?」
ハッと気づくと、が怪訝そうにこちらを見つめていた。のまっすぐな視線に自分の邪な思いが見透かされやしないか、カカシはドキドキした。
「ゴメン。ちょっとぼんやりしてたみたいだ」
「疲れてるのにゴメンね」
「ううん、そんなことないよ。サンこそ、忙しいんじゃないの?」
「うーん、最近はそうでもないかな〜。わりと早く帰ってるし」
「そうなんだ」
カカシ自身、里の上忍として、また上忍師として多忙な日々を送っている。しかし、もまた何人もの部下を抱え、多忙な日々を送っているのだ。
「ようやく今年の新人も使えるようになってきたしね。前よりはラクだよ」
「そっか」
多忙なに、なかなか言い出せずにいたコトがカカシにはあった。
「あの・・・」
「なぁに?」
珍しく口ごもっているカカシに、は不思議そうな表情をしている。
ええい、言ってみるだけ言ってみるか・・・!
「あの・・・今度の15日って空いてる?」
「15日?うーん、ちょっと待ってね」
はパッと立ち上がり、バッグの中から分厚いシステム手帳を持って戻ってきた。
「えーと・・・」
パラパラとページをめくっていく。カカシはちょっとドキドキしながら、それを見ていた。
「うん、空いてるよ。なにかあるの?」
「あのね・・・」
「?」
「その日、オレの誕生日なんだ。それで、できたら一緒にお祝いして欲しいな、なんて・・・」
一瞬考え込んだに、カカシはガックリと落ち込む。
「・・・あたしでいいの?」
「へ?」
「だって・・・カカシくんなら、いろんな人がいっぱいお祝いしてくれるでしょう?だから・・・」
「オレはサンがいいのっ!」
思わず声が大きくなってしまったカカシに驚いた表情の。
「いや、その・・・オレは、サンにお祝いしてもらいたいの」
ちょっと恥ずかしそうに言ったカカシに、は優しい微笑を浮かべた。
「わかった!じゃ、盛大にお祝いしちゃう!」
「やったー!」
「う〜ん、じゃぁどこかお店を予約する?何かリクエストある?」
「ん〜、サンちでお祝いするのってダメ?」
「ウチで?」
期待を込めた瞳で見つめられ、は苦笑した。
結局、あたしはカカシくんには弱いんだから・・・。
「別にいいけど、大したものはできないわよ?」
「大丈夫!」
「わかったわ。じゃあ、15日の7時くらいからでいい?」
「うん、了解!」
は立ち上がり、赤のサインペンで壁のカレンダーに書き込んだ。
『カカシくん お誕生日 7時から』
それから、15日の日付に大きな花丸をつけた。
「遅れちゃダメよ?」
「絶対遅れません!」
カカシの遅刻癖のウワサを聞いていたはプッと吹き出した。
「あ、ヒドーイ!」
「だって・・・」
「絶対遅れないもん」
「ハイハイ、約束ね」
クスクス笑い続けるにカカシはくちびるを尖らせたが、内心はとても嬉しかった。
大好きなヒトが自分の誕生日を祝ってくれる。それはこんなにも嬉しいことなのかと、カカシは改めて思う。
互いに多忙なため、カカシとは今まで一度も約束を交わしたことがなかった。
初めてと交わした約束――絶対に破るわけにはいかない。
【あとがき】
最後まで読んでくださってありがとうございました。
2004年8月25日