Give Me Your... 後編




「なにが『約束』だ・・・っ」
カカシは吐き捨てるように呟いた。
月は中天にかかり、と約束した時間から優に2時間は過ぎていた。
本当なら今日の任務はナルト達とのDクラスの任務の予定だったのだが、突然他の任務が入ってしまったのだ。
中忍のチームを率いたちょっとした任務・・・のはずだった。任務自体はこれといった問題もなく完了したのだが、里への帰還中にひとりが負傷し、リーダーであるカカシはその処理に追われ、こんな時間になってしまったのだ。
昼間の熱気が残ったままのような暑さのなか、の部屋へとカカシは急ぐ。
忍犬でも使いに出せればよかったのだが、その余裕もなく・・・。
結果として、に待ちぼうけをくらわせた状態になっていた。
「怒ってるだろうな・・・・・・」
もともと自分から『誕生日祝いをして欲しい』とにねだったようなものなのに、肝心の自分が約束の時間に遅れるとは・・・。
ようやくの部屋の前にたどり着いた時には、時刻は9時30分を少し過ぎていた。
チャイムを押そうとして一瞬躊躇ったカカシだったが、思い切って押す。
「ハーイ」
カチャリと音がして、ドアが開く。
「あ、カカシくん!」
「ゴメン、オレ・・・」
「さ、入って」
怒っているかと思ったは意外にもにこやかで、カカシは拍子抜けした。
「あの・・・」
「あーあ、こんなに汗かいちゃって」
いつもならサラサラと風に靡いているその髪は、ぴったりと額に貼りついている。
はその柔らかな指先で、カカシの額に貼りついた髪をそっとかきあげた。
「ほらほら、バスルームはこっち。着替えは後で持っていくから」
とまどっているカカシの腕をグイと引っ張って、バスルームへと追いやる。
「あ、あの、サ・・・」
「ほら、早く!あたし、お腹ペコペコなんだから。ねっ?」
「あ、ウン・・・」
にこやかなにバタンと目の前でドアを閉められ、カカシは呆気にとられていた。


しばらくしてバスルームから出てきたカカシは、不機嫌そうな顔をしていた。
「あれ、どうしたの?サイズ、合わなかった?」
カカシは無言で、濡れた髪を拭いていた。不機嫌なカカシには首をかしげた。
「・・・・・・」
「黙ってちゃわからないでしょ?」
それでも黙ったままのカカシにも堪忍袋の緒が切れたのか、両手をスッと伸ばすとカカシの両頬を思いっきりつねった。
「痛いっ!」
「なんだ、しゃべれるんじゃないの」
こうなると形勢逆転である。
「ん〜?カカシくんはどうしたのかなぁ〜?」
子ども扱いしようとするに苛立つカカシだったが、渋々口を開いた。
「・・・・・・なの?」
「え?」
「・・・このTシャツって、前の彼氏の?」
が着替えにと出してくれたTシャツとジーンズはカカシにはぴったりだったが、それはどう見てもには大きすぎるサイズだったし、そして何度か洗濯されたような形跡があった。
に今まで恋人がいなかったとは思わない。けれど、自分がの過去の恋人にまで嫉妬してしまうというのは、カカシにとっては予想外だった。
「あたしのだよ」
何言ってるの、とでも言うようなの口調に、カカシは俯いていた顔を上げた。
「どー見ても、サンには大きすぎるデショ!」
「女の独り暮らしって、無用心じゃない?」
「・・・ハ?」
「だから、男物のシャツとか一緒に洗濯して干しているの。そうしたら、誰かと一緒に住んでるみたいでしょう?」
「・・・そーゆーこと・・・・・・」
ガックリとカカシは膝の力が抜けた。
「ほら、つまんないこと言ってないで、早くゴハンにしよ」
自分一人がヤキモキしているようで、カカシはちょっと悲しい気持ちになった。
自分はを大好きだけれど、はどうなのだろうか・・・?こうやって、自分の誕生祝いを準備してくれているということは、多少なりとも脈アリなのだろうが・・・。遅れてきても怒らないのは自分との約束をそれほど大切だとは思っていないのだろうか?
それとも、約束を破るようなオトコだと思われてしまっている・・・?
――カカシはガックリと肩を落とした。


「お誕生日おめでとう、カカシくん!」
「・・・・ありがと、サン」
二人で乾杯して、食事を始めた。の用意してくれた料理はカカシ好みのものばかりで、味もなかなかのものだった。が、しかし、落ち込んでいるカカシには料理の味もよくわかっていない。
「・・・おいしくない?」
しょんぼりしたようなの声に、カカシはハッと我に返った。
「そ、そんなことないよ!すっごく美味しいよ」
「そう・・・?こんなにいっぱい料理したの久しぶりだったから、自信なくって・・・」
改めてテーブルの上を見てみると、どれも手の込んだ料理ばかりで、が一生懸命準備してくれたことがよくわかる。カカシは、心がほわっと温かくなるのを感じた。
サンて料理も上手なんだね。でも、こんなに準備するの時間かかったデショ?」
「ああ、今日は会社休んじゃったんだ〜」
「え?!」
「って、ホントは遅い夏休みなの。忙しくて休み損ねてたから」
「・・・ゴメン、オレ・・・サンが忙しいの知ってるのに。ワガママ言っちゃって」
申し訳なさそうに呟いたカカシに、は優しく微笑んだ。
「お誕生日くらい、ワガママ言ってもバチ当たらないと思うわよ?それに、あたしも
 カカシくんに謝らなきゃいけないコトがあるんだ」
「へ?」
「ごめんなさいっ!お誕生日プレゼント、用意できなかったの」
「なんだ・・・そんなの、全然かまわないのに」
「いろいろ考えたんだけどね、何がいいのかわからなくなってきちゃって。カカシくんって、
 あんまり物欲なさそうだし・・・。イチャパラ全巻セットにしようかと思ったんだけど、さすがに
 買いに行くのは恥ずかしいかなぁ〜、なんて」
真剣に悩んでいる雰囲気のに、カカシはクスクスと笑った。も自分と同じように相手が喜んでくれる贈り物を一生懸命考えていてくれたことが、カカシは嬉しかった。
「ありがと、サンでも、今日お祝いしてもらっただけで、オレは嬉しいから」
「ダメッ!そういうワケにはいきません!」
だって誕生日は年に1回しかないんだから、とは言った。
「じゃぁ、カカシくんがなにか欲しいものができたら、あたしに教えて?それをプレゼントするから。
 あ、でも、あんまり高いモノはだめよ。あたしがプレゼントできそうなモノね」
「ん〜、じゃあ欲しいモノができたら、サンにおねだりするよ
「・・・カカシくんの『おねだり』って、ちょっとコワイかも」
「ヒドイなぁ〜、サンてば」
ようやくいつもの調子を取り戻したのか、二人は大いに飲み、食事を楽しんだのだった。


「ハ〜イ、お待ちかねのバースデーケーキでーす♪」
場所をリビングに移し、がコーヒーとケーキの箱を運んできた。
「どっちかって言うと、オレよりもサンの方がお待ちかねみたいだけど」
ほろ酔い気分のカカシが笑いながらそう言うと、はぷぅっとふくれた。
「・・・そんなコト言うヒトには、ケーキはあげません」
「ウソです、ウソ!ものすごーく待ちかねてました!!」
「素直でよろしい」
と居ると、日頃の緊張感がゆるりとほどけていくような気がする。上忍として、気を緩める時間などないような日々を送っているが、と居るときだけはのんびりとしてゆったりした気持ちになれる。
年上のに甘えているのかも知れないが、の性格がそうさせるのだとカカシは思っている。
「電気、消すよ〜」
パチンと音がして、部屋の明かりが消された。ケーキのロウソクの明かりがゆらりと揺らめいている。
「ほら、カカシくん!早く消さなきゃ。あ、ちゃんと願い事をしてから消すのよ」
「願い事?」
「そうよ、ホラ」
願い事なんて、今のオレにはたったひとつしかないんだけどね・・・。
カカシは胸のうちで願い事を唱えながらロウソクを一息で吹き消し、は手際よくそれを切り分けた。
の買ってきたケーキは里でも人気のある店のもので、普段甘いものをあまり食べないカカシでもおいしいと思えるほどの味だった。
嬉しそうにケーキを食べているに、カカシは思い切って尋ねてみることにした。
「あのさ・・・サン」
「なあに?」
「オレ・・・今日約束してたのに、約束の時間に2時間も遅れちゃって・・・。それなのに、
 なんでサンは怒らないの?」
「だって、任務でしょ?」
カカシが拍子抜けするくらい、アッサリとは答えた。
「そりゃ、連絡くれたらいいのにって思ったわよ?怪我したんじゃないかなーとか、事故にでも
 あったんじゃないのかなーとか、心配したし。でも、どうしても連絡できないって時もあるじゃない?
 それに・・・」
「それに?」
「カカシくん、汗だくになって来てくれたでしょ?一生懸命急いで来てくれたって、わかったから」
「だけど・・・約束破ったのには変わりないし・・・」
はふわりと微笑んだ。
「約束を守るのも大切だけど、任務の方が大切でしょう、カカシくんにとっては。
 大した理由もなしに約束を破るようなヒトじゃないし、ね?」
カカシはたまらなくなって、思わず両手を伸ばしてを抱きしめていた。
「・・・オレはなんの約束もできないオトコだけど、サンを好きな気持ちだけは本当なんだ。
 これだけは信じて欲しいんだ・・・」
「ちゃんと知ってる・・・。あたしはちゃんと知ってるから、大丈夫だよ」
の腕がそっとカカシの背に回され、優しく抱きしめてくれる。
ああ、やっぱり自分はこのヒトが好きなんだと、カカシは思った。抱きしめた腕をゆるめて、にまっすぐに向き合う。
「前にも聞いたけど・・・サンは、オレのコトどう思ってる?」
「え?」
「今度はちゃんと答えて欲しい・・・」
を見つめるカカシの瞳は真剣で、それでいてなんとも切なげな色を浮かべていた。
かぁぁっとの頬に血が昇り、恥ずかしそうに小さな声で呟いた。
「あ、あたしも・・・カカシくんのこと、好き・・・だよ・・・?」
「ホントにっ!?」
カカシの勢いにビクッとなっただったが、ほんの少し笑って、それから拗ねたような口調で言った。
「こう見えても、あたしも結構忙しいのよ?好きでもないヒトのために会社休んで
 お料理したりするヒマなんてないの。それに、こんな時間になんとも思ってない男のヒトを
 部屋に入れたりするような女じゃありません!そこんトコ、わかってる?」
チッチッチッと、はカカシの目の前で人差し指を振ってみせた。
「・・・今、わかったかも・・・」
呆然とした様子のカカシに、はクスクス笑った。
「じゃ、ケーキ食べよ。あ、コーヒー、淹れなおそうか?」
「・・・後でいい」
「え?」
「ちょっと手出して」
「手?」
キョトンとしながらもカカシの言う通りに、は素直に右手を差し出した。カカシは、ケーキの箱にかかっていた赤いリボンを手に取ると、の右手にくるりとリボン結びをしてみせた。
「何してるの?」
サン、誕生日プレゼントにオレの欲しいモノくれるって言ったよね?」
にっこりと微笑んだカカシに、はなぜか危険信号を感じた。タラリと冷汗が伝う。
「えーと、確かに言った・・・けど?あの・・・」
「オレ、誕生日プレゼントに『サン』をもらうから
「うわっ!?」
カカシはいきなりを抱き上げ、リビングから隣のベッドルームへと向かう。
「あ、あのっ、カカシくんっ!?ちょ、ちょっと待って!」
「待てませ〜ん
真っ赤になってジタバタと暴れるに軽いくちづけをして、口を封じる。
サン、夏休みってコトは、もう一日くらいお休みだよね?」
「え、うん、そうだけど・・・」
「良かった〜オレ、結構限界なんだよね。手加減できないと思うし」
「・・・て、手加減?(冷汗)」
「今年の誕生日は最高だなぁ〜!願い事も叶ったし
――バタンと大きな音をたてて、ベッドルームのドアは閉められた。


愛しいひとがいる。
愛しいひとが誕生日を祝ってくれる。
それは、なんて幸せなコトなんだろう・・・。
――来年も再来年も、あなたがオレの隣に居ますように。あなたの隣にオレが居ますように・・・。


腕の中でまどろむ愛しいひとの穏やかな寝息を聞きながら、カカシはゆっくりと目を閉じた。




【あとがき】
『夏休みスペシャル企画』にご参加いただいた御影さまのリクエストで、年上ヒロインの「Say You Love Me」の 続編となっております。前作の最後で「好きって言わせてみせる!」と宣言したカカシくんが、さんに 「好き」と言ってもらえるまでのお話でございます♪
遅筆の管理人に気を使っていただいて、「クリスマスでもバレンタインでも」とおっしゃっていただいていたのですが、 なぜだかスラスラと書けてしまい、カカシ先生のお誕生日に間に合いました!
かなり子供っぽいカカシ先生に仕上がっておりますが、やはり(?)手は早いです(笑)
リクエストいただいた御影さま、ありがとうございました!

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
 2004年8月25日