君の特別に。
うわ・・・まただよ。
はため息をつきたい気持を抑えて、そっと木陰に身を隠した。
ここは図書館裏の林である。5時間目の古典が自習になったので、は意気揚々とお気に入りの休憩スポットにやってきたのだ。
だが、しかし。
そこには先客がふたりいた。ひとりはクラスメイトの森村天真、もうひとりは名前は知らないが同じ学年の女の子だった。
「・・・元宮さんとつきあってるの?」
「あかねと・・・?アイツはただの友達だ」
女の子はうつむいていて、天真は困ったように頭を掻いていた。
「じゃ、わたしと付き合ってくれたっていいじゃない」
「悪い、好きなヤツいるから」
いつまで諦めない女の子に業を煮やしたのか、天真がそう言うと、女の子は無言で走り去ってしまった。
女の子がの隠れている木の横を走り抜けていったが、どうやら気づかれずに済んだようだ。はホッとため息をついたのだが・・・。
「オイ、いい加減出てこいよ」
「・・・」
しぶしぶが木陰から出て行くと、むっとしたような天真がこちらを睨んでいた。
「なんでこんなとこに居んだよ?」
「こんなとこってね、ココはあたしのお気に入りの場所なの!
文句言いたいのはあたしの方よ。なんで毎回毎回、森村くんが告白される場に
立ち会わなきゃいけないわけ?」
がそう言うのももっともな話で、天真が告白される場面に出会うのは今回で5回目だ。
「お前がこんなとこに来るのが悪いんだろ。それよりさ、もう次の授業始まるんじゃねーの?」
「次の古典、自習だもん。先週、先生が言ってたじゃない」
は肩にかけていたトートバックからビニールシートを取り出すと、木陰にそれを広げた。靴を脱いでシートに座り、ペットボトルのお茶とオヤツと、お気に入りの本を取り出した。
「おまえ・・・こんなのいつも準備してるワケ?」
「だって、今日はいい天気じゃない。教室に居るなんて、もったいないでしょ」
なんでそんなこと聞くの、とでもいうような顔をしては答えた。
「あ、そっち、座ってもいいよ」
天真はおかしそうに笑ってから、の隣に腰を下ろした。一方のは、続きが気になって仕方なかった本を読み始めた。
「昼寝するなら、起こしてあげるけど?」
「あー、それもいいかもな〜」
がお気に入りというだけのことはあって、ここはとても静かで聞こえてくるのは風の音だけ・・・。吹き抜けていく風はさわやかで、昼寝をするには絶好のスポットだ。
は文庫を読むふりをしながら、ゴロンと横になった天真を盗み見た。
最初はなんとなく近寄りがたい雰囲気だと思っていたが、実際話してみるとそんなことは全くなく、一度打ち解けると親しげに接してくる。最初のクラス替えの時に席が隣になったということもあって、クラスの男子のなかでは親しく話すほうになっていた。
見た目だってカッコイイし、ぶっきらぼうな言い方をしたりするけど、ホントは優しいし。結構モテるんだよね・・・。
天真が告白されているシーンを初めて目撃したのはいつだったろうか。
『好きです。つきあってください』
シンプルすぎる告白に、天真はどう答えるのだろう?まるで自分が告白したかのように胸をドキドキさせながら、たまたま行き合わせてしまったはさっきのように木陰に隠れていたのだ。
『悪いけど、好きなヤツいるから』
あかねと天真がつきあっていないことは、当の天真から聞いて知っていた。天真が断ったことにホッとしながらも、『好きなヤツがいる』と聞いて胸の奥がチリと妬けるような気がした。
そして、そんな風に感じた自分に驚いたのだが、はその気持を無視することにしたのだった。
友達という距離――その心地よさを失いたくなかった。
天真に告白してくる女の子達の勇気をは尊敬したい気分だった。友達という場所を失いたくなくて告白できない自分より、彼女達の方がよほど潔い。
はため息をつき、読みかけの文庫本を閉じた。隣で気持良さそうに寝ている天真のおかげで、本の内容に集中できないのだ。
「あ、そうだ」
はオヤツのチョコドーナツに手を伸ばした。昼食を済ませたばかりだが、甘いものは別腹である。小ぶりのドーナツがいくつか入った袋をあけて、ひとつ口に放り込んだ。
あ、甘・・・っ!!
コンビニで買ったドーナツは歯が浮きそうなほど甘い。は慌ててペットボトルのお茶で流し込んだ。
「俺にもくれ」
お茶を飲んでふぅと一息ついていたは、ビックリして飛び上がりそうだった。
「っ?!お、起きてたの?」
「ああ、腹減ってんだよ。昼メシ食い損ねたからさ」
「食べてないの?」
「メシ食う前に呼び出された」
「あ、そっか。んー、でもすごく甘いよ?」
「いい」
起き上がった天真にドーナツの袋を渡す。天真はドーナツをひとつつまんで、口の中に放り込んだ。
「・・・うわ、何だコレ!?」
「だから、すごく甘いって言ったじゃない」
Wチョコドーナツという商品名にふさわしく、生地にもチョコレートが入っているのだが、一口かじると中からチョコレートソースがあふれてくるのだ。甘いもの好きを認識しているでも甘すぎると感じるほどなのだから、天真にはたまらない甘さだろう。
「それ、くれ!」
「あ、あたしのお茶!」
ペットボトルを取り上げると、天真はゴクゴクと飲んだ。
「ハァ・・・。お前、こんなの好きなのか?」
「ちょっとおいしそうかな〜と思って初めて買ったの。こんなに甘いと思わなかったのよ。
それより、あたしのお茶、返してよ」
天真の手からヒョイとペットボトルを奪い取って口をつけようとすると、天真が『あ』と言った。
「ん?なに?」
「なっ、なんでもねぇよ」
プイと視線をそらせた天真の頬がかすかに赤いような気がする。天真がペットボトルを見つめていたのに気づいたはニヤリと笑った。
「なぁに〜?あたしと『間接キス』になっちゃうとか思ってるワケ?」
「おまえ、何言って・・・っ!?」
「てゆーか、森村くんが飲んだ時点で『間接キス』になっちゃってるんだけど」
「っ?!」
女の子に結構モテるくせに、そういったことにあまり免疫がなさそうな天真をからかうのが楽しくて、はクスクスと笑った。この場所で休憩しているときに、偶然なのか天真はよく現れ、のオヤツを奪っていってしまうのでその仕返しだ。
照れている天真がおかしいやら可愛いやらはクスクスと笑っていて、天真が自分をじっと見つめてることに気づかなかった。
「・・・」
「へ?・・・わわっ?!」
名を呼ばれたはびっくりして顔をあげた。天真が自分を呼ぶのはいつも姓のほうで、名前で呼ばれたことは一度もなかったからだ。
顔を上げると驚くほど近くに天真がいて、肩をトンと突かれたはバランスを崩して後ろへ倒れた。もちろんビニールシートの下は草が生えた地面なので倒れたとしても痛くはないはずなのだが、頭を地面にぶつけずに済んだのは天真の手がキャッチしてくれていたからだ。
なにするの、とは言いかけたのだが、すぐ近くに自分を見下ろしている天真の顔があって、それがどんどん自分の方に近づいてきて、は思わずキュッと目をつぶった。
「・・・おまえ、鈍すぎ」
トンと肩に重みを感じておそるおそる目を開けると、天真が肩先に顔を埋めていた。柔らかそうな髪が風に揺れている。
「な、なにが・・・」
口の中がカラカラに乾いているような気がした。心臓が破裂しそうなくらいドキドキしている。
「なんで俺がここに来るのか、全然わかってないだろ、おまえ?」
「そ、それは・・・女の子に呼び出されるからでしょ・・・」
ハアァと深いため息が天真の口からもれた。
「おまえが居るからだろ・・・」
「え・・・何・・・?」
天真の耳元が赤くなっているのが目に入って、今の自分も天真に負けないくらい赤くなっているのだろうとは思った。
「何回も言ってやんねえよ」
天真は悪戯っぽく笑うと身を起こし、が起き上がるのを手伝ってくれた。
「・・・あ、あの・・・森村くん・・・さっきのって」
「天真」
「え?」
「『森村』じゃなくて『天真』。仲いいヤツは『天真』って呼ぶし。
俺もおまえのこと『』って呼んでもいいだろ」
「あ・・・うん。あの、て、天真・・・くん・・・」
確かに自分と天真は仲がいいほうだろうと思う。けれど、今までずっと姓で呼んでいたのに、下の名前で呼ぶのはなんだか恥ずかしくて口ごもってしまう。
「なんだよ?」
「あの、さっきのって、どういう意味・・・?」
「自分で考えろよ」
「なっ!?」
「何回も言わねえって言っただろ、」
天真はチラリと時計を確認すると、もう一度ゴロンと横になった。
「30分経ったら起こしてくれ」
「あ、うん・・・いいけど・・・」
もう本を読むどころではなかった。は赤くなった頬を押さえて、天真の言葉の意味をグルグルと考え込んでしまった。
天真は薄目を開けて、の横顔を盗み見た。
・・・ったく、マジで気づいてなかったのかよ。
この図書館裏がのお気に入りというのは知っていた。天気のいい日の昼休みや自習の時間には必ずといっていいほどがここに来るということも。
校内で危険なことがあるとは思わないが、人気のない場所にがひとりでいるというのは心配だった。それでたびたび天真は図書館裏に足を運んでいたのだが、それがアダとなって他の女子生徒からここで告白され、に目撃されるハメに陥っていたのだ。
天真が他の女の子から告白される場面を見ても、は天真をからかういいネタが見つかった程度にしか思っていないようで、正直ちょっとショックだった。
けれど、今となりにいるは赤くなった頬を押さえて、グルグルと考え込んでいる。
――俺のことを考えてる。俺のことだけ、考えてる。
そう思うと、ふっと口元が緩んだ。
目が覚めたら、俺の本当の気持ちを言おう。おまえは俺の『特別』だって・・・。
頬を撫でる風は優しく、天真はいつしか穏やかな眠りに落ちていた。
【あとがき】
ネオロマ企画投稿作品。
初書き天真くんでした(笑)
『舞一夜』の天真くんの新曲を聴いて、もうあまりに不憫で・・・(涙)
可哀想すぎてもう・・・(笑)というワケで、幸せそうな天真くんにチャレンジ!
なんだか昔の少女マンガみたいだ(^^;)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年6月16日