wish
「おや、珍しく静かだと思ったら、ひとりなのかい、殿?」
「あ、友雅さん!もうみんな出かけちゃいましたよ」
友雅が左大臣邸を訪れた時、すでにあかね達は京の町へ怨霊を封印しに出かけてしまっていた。
はその身の内に四神を宿す聖なる神子――いまだ四神は集まってはいなかったが。
あかね同様、は異世界から召還された神子だ。
は封印された四神を探すため、あかねと行動を共にしていたのだが、今日は置いていかれてしまったらしい。
「どうやらそのようだね」
いつもならもっと賑やかなはずの部屋は静まり返っていた。
「昨日、ちょっと風邪気味かもって言ったら、留守番しておけって」
よほど置いていかれたことが気に入らなかったらしい。はぷっと頬をふくらませていた。
友雅は、に気づかれないようにクスリと笑みをもらした。
普段は大人のしっかりとした女性なのに、時折子供っぽい表情を見せる。
けれど、そうした表情を見せるのは友雅の前でだけだった。
あかねと同じくいきなり異世界に召還され、『神子』と呼ばれ・・・。不安を感じていないわけはない。
けれど、そうした部分を、はあかねに見せようとはしなかった。
ただでさえ不安がっているあかねを、これ以上不安にさせるわけにはいかないと思ったのだろう。
は明るく振舞い、あかねの不安を少しでも和らげてやろうとしている。
友雅はそんなに気づき、
「私の前では、無理に明るく振舞わなくていい」
と言った。は一瞬驚いたような顔をしていたが、すぐに笑みを浮かべようとした。
「やだ、友雅さんてば何言って・・・」
ポロリと涙が零れた。
「涙を流してもかまわない。けれど、私のいないところで、ひとりで泣かないでおくれ」
堰を切ったように泣き出したを、友雅はそっと抱きしめた・・・。
それ以来、は、友雅だけの時は無理に明るく振舞おうとしなくなった。
けれど、それは微かな違いで他の人間なら気づかないだろう。だが、友雅にとっては本当のを見たような気がして、ほんの少し優越感を感じてしまう。
自分以外にも、を想う八葉はいる。もっとも、鈍感なは気づいてはいなかったが・・・。
ひとりの女性に、自分がこんなにも心奪われるとは友雅は思ってもいなかった。
いろいろな女性と浮名を流してきた。誰にも本気になったことはなかった。
けれどに関してだけは違う。
彼女を傷つけようとする全てのものから守りたいと思う。彼女を誰の目にも触れさせたくないとも思う。
京の都も四神も、鬼さえどうでもいい。いっそこのままを攫ってしまおうか・・・?
自分の考えに友雅は自嘲的な笑みを浮かべた。
そもそもと出会ったのは、彼女が『四神の神子』であり、自分が『八葉』であるからなのに・・・。
「でね、すご〜く苦い薬湯を飲まされたんですよ!」
「殿の機嫌の悪い理由はそれかい」
友雅が思わず吹き出すと、がキッと睨んできた。
「雨に降られたらどうするんですかっ!・・・って、あかねちゃんに怒られちゃって。
で、ひとりでお留守番てワケです」
「なるほど。私は出掛けに雨に降られてね。雨宿りをしていたら、
すこし出遅れてしまったようだね」
「梅雨なんだから、雨が降るのは当然なんですけどね」
そう言っては立ち上がると、御簾のそばに近づいて、ほんの少しそれを持ち上げた。
そうしてできたほんの少しの隙間から外の庭をのぞく。
「雨の降る音は好き。でも、雨上がりはもっと好き。ね、見て?
紫陽花がすごく綺麗・・・」
「ああ、美しいね。雨のしずくが太陽に照らされて、キラキラ光っている」
友雅も立ち上がっての傍に行き、の背後から外の庭を眺めた。
かと思うと、御簾をからげているの手をそっと取り、御簾を降ろさせた。
「友雅さん?」
「どこかの不届き者があなたを垣間見ているかもしれない。もっと気をつけなければ・・・」
「それはやんごとなき姫君でしょ?あたしは姫君なんかじゃないし」
クスクス笑いながら自分を見上げるは、どこから見ても『やんごとなき姫君』に友雅の目には映る。
藤姫の見立てなのだろうか、柔らかそうな袿を何枚も重ねて着て立つの姿は貴族の姫君そのものだ。
「とにかく端近にはでないようになさい」
「はぁい。友雅さんみたいな人に見られないようにね」
「・・・」
「ね?」
黙ってしまった友雅を見て、はしてやったりとでもいうような顔をしていた。
何かというと自分をからかって楽しんでいる友雅に仕返ししたつもりなのだろう。
悪戯っぽい笑みを浮かべたは、友雅に言われたとおり大人しく部屋の奥へと戻った。
「では、今日の殿には何の予定もないのだね?」
「そうなの。大人しくしてろって藤姫ちゃんにも言われちゃって」
「――では今日は私がお相手しようか」
「えっ?!」
友雅がコソリと耳元で囁くものだから、の頬が朱に染まった。
「碁でも貝あわせでも、ね?」
そう言ってにっこりと微笑んだ友雅を、は悔しそうに睨んだ。
「どうかしたのかな、姫君?」
「な、な、なんでもありませんっ」
プイとそっぽを向いたの耳は赤くなっていた。その様子を見て、友雅は楽しげな笑みを浮かべる。
物慣れた女房などは友雅がちょっと艶めいたことを囁いたとしても、機転の利いた答えを返してくる。
一方はというと、しっかりとした大人の女性だが、こういった艶めいたことには免疫がないようで、すぐに真っ赤になってしまう。その初心な様子が可愛らしくて、ついつい友雅はことあるごとにを困らせるようなことを言ってしまうのだった。
「私がなにか気に障ることをしたのなら謝るよ。だから、機嫌を直してくれまいか」
「友雅さんは別に・・・」
「では、私の碁の相手をしてくれるかい?」
「ええ!」
いつかの物忌みの日に、は友雅から碁の手ほどきを受けたのだが、存外に気に入ったらしく、時間のあるときは女房たちとも碁を楽しんでいるらしい。
「今日は負けませんからね!」
「さぁ、それはどうかな・・・?」
ふたりを碁を打ち始めたのだが、は真剣に友雅を負かそうとしているようで、次の手を一生懸命考えている。
「ねぇ、殿」
「ハイ・・・?」
呼びかけてみても生返事。碁など薦めるのではなかったかと、友雅は少し後悔していた。
友雅は、の柔らかな声音で名を呼ばれるのを好ましく思っていた。
今日は他の誰にも邪魔されず、を独り占めできる数少ない機会だというのに、肝心のは碁に夢中になってしまって、友雅の方を見ようともしない。
やれやれ、碁よりも私の方に夢中になってほしいものだね・・・。
「天真から聞いたのだけれど、君達のいた世界では生まれた日を祝うそうだね」
「え?ああ、そうよ。お誕生日はお祝いするわ」
ようやくの意識をこちらに向けることに成功して、友雅はにっこりと微笑んだ。
「誕生日には、『ぷれぜんと』とやらがもらえるそうだね」
「そうね、友だちとか家族とか、みんなで集まってお祝いするの。
それから、プレゼント・・・えーと、贈り物をするのよ」
「それはどんな贈り物だい?」
「うーん、それは色々よ。本人が喜びそうな物を贈るの。
プレ・・・贈り物を選ぶのって、すごく楽しいの」
は楽しげな微笑を浮かべた。
「ああ、それはわかるような気がするね」
「でしょ?何を贈ったら、その人が喜んでくれるのか、受け取った時に
どんな顔をしてくれるのかしら、とか」
「なるほどね。じゃあ、もし今日が私の誕生日だとしたら、殿は
どんな『ぷれぜんと』を贈ってくれるのかな?」
「え?友雅さんにプレゼント・・・?」
うーん・・・と首をかしげて、は考え始めたのだが。
友雅さんの欲しいモノかぁ・・・。何なんだろ?
目の前に座る友雅をちらりと盗み見る。友雅は御簾越しに外の風景を眺めていた。
その穏やかな横顔を見つめながら、は一生懸命考えていた。
あんなにカッコよくて、帝にも信頼されてて、優男かと思えば腕も立つ。
ヨソではどうか知らないけど、友雅さんがやってくると女房さんたちが一斉に色めき立つんだよね〜。
何でも持っているような友雅さんなのに、欲しいモノなんてあるのかしら・・・?
どうにも思い浮かばなかったのか、は降参とでもいうように両手をあげた。
「友雅さんて、あんまり物欲なさそうに思えるのよね」
「そうかな?」
政界の中心から外れているとはいえ、左近衛府少将として帝の信頼も篤く、優れた容姿を持ち、宮中の女性達を騒がせている。世の人々が欲しがるものは、全て彼の手の中にあるような気さえしてくる。
「うん。友雅さんの欲しいものって、全然わからないわ」
「じゃあ、そういう時はどうするんだい?相手の欲しいものがわからないときは」
「そうねぇ・・・。何が欲しいのか、本人に聞いてみるとか・・・?」
「なら、私にも尋ねてくれるかい?」
「え?」
「今日が私の『誕生日』だからね」
「ええーっ?!今日が友雅さんの誕生日なの?ホントに?!」
「ああ、実はそうなんだ」
「そ、そんなことはもっと早く言ってよ!」
もっと早く言ってくれていれば詩紋くんにけぇきを作ってもらったのにだとか、みんなで集まってぱぁてぃを開いたのにとか、はブツブツと文句を言っている。
「尋ねてくれないのかい、殿?」
友雅の声に気づいたのか、あ、と小さな声をあげてが顔をあげた。
「うーん、あたしにプレゼントできるかどうかわからないけど、
友雅さんの欲しいものって興味あるな〜。友雅さんの欲しいものって、なぁに?」
碁盤をはさんでふたりは向かい合って座っていたのだが、友雅が自分の口元を桧扇で隠し、もう一方の手でを手招きしている。
「?」
「殿以外には聞かれたくないのでね」
付きの女房が何人か、すこし離れた几帳のかげに控えているのだ。
友雅さんの欲しいものって何なんだろう・・・?
見目麗しく、才気に溢れ、帝の信頼も篤い友雅。風流を解し、女達は彼に憧れる・・・。
何もかもを持っているような友雅が欲しいもの――それはどんなものなのだろうか。
は好奇心に負けて、友雅の方へ耳を近づける。
「それはね・・・」
「それは?」
友雅の手がの頬に触れる。几帳の向こうにいる女房たちには、友雅がに扇の陰で耳打ちしているようにしか見えなかっただろう。
『これだよ』
耳元で甘いささやきが聞こえたかと思うと、友雅の形の良いくちびるがの頬に触れた。
「っ!?」
「ありがたく頂戴したよ」
友雅がにっこり笑ってそう言うと、は真っ赤になった両頬を手で隠しながらキッと友雅を睨みつけた。
「友雅さん、ホントに今日は誕生日なの・・・?」
「ああ、本当だよ」
は低いうめき声をあげた。
「・・・じゃ、今日だけは許してあげる」
「おや」
「きょ、今日だけですからね!」
「なら、こちらにすればよかったかな」
友雅がスッと手を伸ばして、のやわらかなくちびるにそっと指先を触れさせた。
「と、友雅さんっ!?」
「ふふっ」
「今度やったら、ホントに怒るわよっ!!」
「ああ、わかったよ。今日はこのくらいにしておくことにするよ」
「きょ、今日はって?!」
友雅の楽しげな笑い声との悲鳴(?)が部屋に響いていた。
京の都も龍神も、鬼の一族でさえどうでもいい。
貴女が自分の隣にいて、その柔らかな声音で名を呼んでくれるのなら。
私がそんな風に思っていると知ったら、君はいったいどうするのだろうね。
恥ずかしそうに微笑んでくれるのかい?それとも冷たく拒絶する・・・?
私が本当に欲しいもの――それはただひとつだけ。
それをいつ貴女に告げようか・・・。
あとがき
友雅さん、お誕生日おめでとう〜!
お誕生日創作しか書いていないという説もありますが、愛はあるのですよ(笑)
ただ書くのが難しくて・・・。なんだか今回もかなりニセモノですが(^^;)
もっと素敵な友雅さんを書けるようになりたいものです。。。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2005年6月11日