暇人
とある春の日の午後、友雅はの房を訪れていた。
以前が読んでみたいと言っていた歌集が偶然手に入ったのだ。誰かに届けるように言いつけてもよかったのだが、喜ぶ顔が見たくて直接持ってきたのである。
「殿、いるかい?」
だが、答えはなく・・・。さきほど藤壺中宮の元にも顔を出してきたのだが、そちらにの姿はなかった。
友雅は首をかしげつつ、そっと室内へと入った。
「殿・・・?」
――彼女は眠っていた。
脇息に身をもたせかけ、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。手元には絵巻物が広げられたままで、春の陽気に誘われて眠ってしまったらしい。
そういえば、昨夜は観桜の宴だったか・・・。
昨夜、内裏では大掛かりな花見の宴が開かれていた。帝はもちろん、主だった貴族達が皆出席していた。藤壺中宮も例外ではなく、そのお付きの女房であるも一緒に宴に出席していた。
忙しく立ち働いているに声をかける隙もなく、友雅は退出してしまったのだが、おそらく最後まで残って後片付けをしていたのだろう。
適当にやり過ごせばよいものを・・・。
そんなことを言えば、真面目な性格のは怒るだろう。少々生真面目すぎるきらいもあるが、熱心にお仕えしているので、藤壺中宮にもあのように気に入られて可愛がられているのだろうと思うのだけれど。
ふと一枚のはなびらが友雅の目に留まった。誰かが手折ってきたのだろうか、見事に咲いた桜の枝が一枝、花器に活けられていた。
まどろむ桜花の精のようだね・・・。
友雅はふふっと笑みを浮かべた。眠るは穏やかな表情で、とても幸せそうな様子だった。
それにしてもここに来たのが自分で良かったと、友雅はほっと胸をなでおろしていた。美しく才気溢れるに想いを寄せている公達は少なくないのだ。
届けられる恋文に色よい返事をしたとは聞かないが、このような無防備な姿を晒したらどうなることかと、友雅はため息をつく。
かと言って、起こすのも忍びない気がする。
――花盗人が現れぬように見張っているなど、私もかなりの暇人だね。
意外にあどけない寝顔に誘われているなどと誤解しないほどの経験はあったし、この程度で理性を飛ばしてしまうほど余裕がないわけではなかった。
けれど、こうも警戒心もなく眠られていると、ふと悪戯心が沸いてしまいそうだ。扇のように広がった美しい黒髪を一房手に取ると、友雅はそっとくちづけた。
「早く目覚めないと、私が花盗人になってしまいそうだよ・・・?」
【あとがき】
ネオロマ企画投稿作品。
難しいお題でした・・・(笑)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年9月23日