王様の恋
「Shit!どうして電話に出ないんだ、アイツは!?」
真壁翼は豪華なマンションの一室で、まるで動物園のクマのようにぐるぐると歩き回っていた。右手には携帯電話を握り締めている。
時刻はそろそろ日付が変わろうかというころ、かれこれ1時間以上電話をかけ続けているのに――つながらない。
「っ・・・!」
苛立ちにまかせて携帯電話を壁に投げつけそうになったが、翼はなんとか堪えた。
「何をやってるんだ、俺は・・・」
翼はぐしゃりと髪をかきあげると、ソファにドサリと座り込んだ。
――と知り合ってどれくらい経つだろう?
最初のキッカケは、葛城が翼の家庭教師にと連れてきたのがだった。彼女は聖帝学院高等部の出身で、今は聖帝学院大学の国文科に通っている。
帰国子女で英語はペラペラだけれど日本語はイマイチあやしい翼の家庭教師にと、葛城が連れてきたのだ。の前にも何人か学生を選んで連れてきたけれど、皆次々に辞めてしまい、唯一長続きしたのがだった。
そもそも本人にやる気がないのに、勉強を教えるというのは大変なことである。けれど、は根気よく、また翼が少しでも興味が持てるような勉強方法を考えて、熱心に授業をしていた。
が家庭教師になって数ヶ月、ついに翼も熱心なに根負けしたのである。
の出した質問に翼が正解を答えると、はパッと花がほころぶような笑顔を浮かべた。その笑顔を見たかったから、自分が勉強していたのだということに気づくのに、そう時間はかからなかった。
もともと卒業生ということもあって、翼との勉強は放課後の教室や自習室、バカサイユでもすることがあった。B6の面々ともよく顔をあわせるということになり、次第には翼の生活の中に入り込んできていた。
そして、季節は過ぎて、やってきたのはバレンタイン。その日はバカサイユで授業をすることになっていた。
「すごい数ね・・・」
テーブルの上にうず高く詰まれたチョコレートの山に、は目を見張った。
「でしょ、でしょ〜♪」
甘いものに囲まれて幸せそうな悟郎に、は少々引きつった笑みを浮かべ、コソコソと何かを隠すような仕草をした。しかし、目敏い悟郎に見つかってしまった。
「あっれぇ〜?ちゃん、どうかしたのー?」
「えっ!?え、えっと、な、なんでもないよ、ゴロちゃん」
「む・・・!ポペラあやし〜いっ!」
悟郎に詰め寄られ、は仕方なく可愛いピンクの紙袋を差し出すこととなった。
「えっと・・・さっき職員室でも渡してきたんだけど・・・。
みんなにもバレンタインのプレゼントを渡そうかと思ってたんだ」
はチラリとチョコレートの山に目をやった。
「でも、すごくいっぱいもらってるみたいだし、高級そうなチョコばかりで
ちょっと気が引けちゃって・・・」
が持ってきていたのは手作りのパウンドケーキだった。自分では結構うまく出来たと思ったし、綺麗にラッピングも出来たつもりだったが、高級チョコレートメーカーの洗練された美しい包みを見ると、どうにも自信がなくなってしまったのだ。
「ううん、そんなコトないよ!
ゴロちゃん、ちゃんのチョコ欲しいもん!」
「あ、俺も欲しいぜ!」
ニコニコ顔の悟郎と一に後押しされ、はおずおずと可愛らしい包みを差し出した。その場に居なかった瞬と清春をのぞいて、皆に次々とプレゼントを渡した。そして、翼には最後にプレゼントを差し出した。
「翼くん、これバレンタインのケーキなんだけど・・・よかったら貰ってくれる?」
その様子を見ていた悟郎が首をかしげた。
「あれ〜?なんか、ツバサのだけ、ちょっと違うような気がするぅ〜」
「ん?そういや、そうだな。包みの色が違うぜ」
悟郎と一の呟きに、は見るからに焦った様子になった。他のみんなへのプレゼントはピンクの包みだったが、翼へのプレゼントだけは赤い包みだった。
「気、気のせいじゃない・・・?包みの色は違うけど、
翼くんだけが特別ってワケじゃ・・・」
と言いつつ、の頬はなぜか赤くなっていた。
「――オイ、」
さっきからずっと黙って腕組みしたままだった翼がようやく口を開いた。
「俺のQuestionに答えろ!」
「ハ、ハイッ!?」
「これは『ギリ』か『ホンメイ』か?」
「っ!?」
かぁぁとの顔が真っ赤になっていく。
「あらら〜?ちゃんってば、顔真っ赤だよ〜」
「てゆーか、俺たちのことはカンペキ無視だな」
悟郎と一とトゲー(瑞希は寝ていた)は固唾を呑んで見守っていた。
「そ、それは・・・『本命』・・・」
「フン!なら、受け取ってやる」
翼は満足そうに笑うと、の手から赤い包みを受け取った。
「素直に『嬉し〜い』とか言えないのかなぁ、ツバサってば」
「だな。ありゃ、相当嬉しそうだけどな」
「トゲトゲーッ!!」
ヒソヒソとしゃべり続けているギャラリーを無視して、こうして翼とは恋人同士となったのだった。
『家庭教師と生徒』という関係に『恋人』という関係が追加されても、の態度は変わらなかった。それどころか、いっそう熱心に授業をするようになった。
「わたしと付き合ってるから成績下がった、なんて言われたくないでしょ」
どこかに出掛けようという翼に、は困ったように笑いながら答える。そう言われてしまうと、翼も勉強しないわけにはいかなくなるのだけれど。
大学生のは翼以外にも家庭教師のアルバイトをしているらしく、なかなか二人きりでゆっくり過ごすという時間を取れなかった。
もっと一緒にいたい・・・。
そういうセリフが喉元までせりあがってくるのだが、意地っ張りな翼はそれを言うことができなかった。
一はそういう翼の性格もお見通しのようで、もっと素直になれと忠告してくれるのだが、もとよりその忠告が受け入れられるような素直な性格ではない。
「なー、翼。もっとさ、ちゃんのこと、大事にしねえと
フラれちまうぞ?」
「What?!俺はを大事にしているぞ!」
「あー・・・なんつうか、うまく言えねぇんだけどさ」
「なんだ?」
一はうーん、と考え込みながら、ポツリポツリと言った。
「思ってるだけじゃ、相手には伝わらねぇこともあるってこと。
ちゃんとコトバにしないと、相手にはわかってもらえねぇ」
「・・・」
一の言葉を聞いて考え込んでしまった翼の肩をぽんぽんと叩くと、一はニカッと笑った。
「ちゃんを泣かすようなことがあったら、どうなるかわかんねぇぞ、翼?
悟郎はもちろん、瑞希とトゲーもちゃんには懐いてるしな。
瞬や清春もちゃんのことは気にいってるみてぇだし」
「清春まで・・・?いつのまに」
永田さんもだぞ、と一はニヤニヤしながら言った。
「ま、俺たちは全員、ちゃんの味方だってこと。
だから、泣かすようなことすんなよ、翼?」
「of course・・・」
I love you...
照れくさくて言ったことは一度もなかった。
俺がそう言ったら、オマエは喜んでくれるのか、?
翼はつながらないケータイをポケットに押し込み、バイクのキーを手に取った。
【あとがき】
♪相手が気になる夜の長電話がボクを走らせてる
っていう歌を聴いて、書きました。ご存知の方もいるかしら?
ハァ・・・。でも、翼くんって難しいですね(汗)
『王様』っていったら、柚木サマか翼くんだと思ったんだけどなぁ。
あえなく撃沈でした・・・。ハジメくんがでしゃばってるのは管理人の愛ゆえです(笑)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年10月21日